酸素不足

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『梅雨』


「雨音が、響いていますね」
「え……」

彼女から発せられた言葉の意味が分からないから、僕は驚いたのではない。

今は梅雨時期で、いつもなら雨が降っている。
けれど、今日の空は、束の間の晴れ間を見せている。
雨音が響くわけがない。
つまり、彼女は、別の意味を含めて言っているのだ。

――あなたを愛していました。

あの言葉には、この意味があるに違いない。

彼女は、僕の行きつけのカフェの店員だ。
そこまで多くの交流は無いが、全く知らないというわけでも無い。
ただのカフェの店員と客の関係だ。
そのはずだった。
けれど、彼女は、ああ言ったのだ。
いつから、僕に好意を寄せていたのか。
全くそんな素振りも見せなかった。いや、僕が気が付かなかっただけかもしれない。
頭の中で様々な考えが渦巻く。

ちらりと彼女の顔を見ると、困ったように眉尻を下げて、緩やかな笑みを浮かべていた。

「早く、やむと良いですね」
「……っ」

彼女のぎゅっと力の入った唇を見て、申し訳ない気持ちになる。
ごゆっくりどうぞ、と言って去る彼女を見ることもせず、運ばれてきたコーヒーに口をつける。
苦味を無理やり胃に流し込んで、左手の薬指にそっと触れた。

6/1/2024, 1:41:06 PM