かたいなか

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「7月2日に投稿したお題が『窓越しに見えるのは』で、あの日は『狐の窓』の話書いたわ」
さすがにもう、これっきりで「窓」は来ないよな。某所在住物書きは窓越しに、夜の暗い景色を見た。
隣家はカーテンを閉め切り、明かりが漏れている。
時間帯が時間帯である。これといって、物語のネタとなり得る何かは見えなかった。
「車窓、ホテルの窓、学校、自宅に空気窓、等々。シチュエーションは選び放題なんよ。うん」
問題は、それらが書きやすいか、ネタが浮かぶか。
ため息を吐いた物書きは、ただ窓の外を見た。

――――――

最近最近の都内某所。未だ暑さの残る頃。
この物語の主人公、宇曽野というが、
職場の屋上、ヘリポートを兼ねたそこで、秋である筈のところの風に当たりながら昼飯を食おうとして、
ドアを開けて早々、先客がいるのを見つけた。
背もたれ無きベンチに腰掛け、落下防止用のフェンス越しに階下を見ながら、小さめのサンドイッチに口をつける親友。
藤森だ。珍しく、今日は一人らしい。
かたわらには、何か料理を入れていると思しき箱と、スープボトルが置いてある。

「おい」
箱の右隣に腰掛けた宇曽野は、持ち込んだレジ袋を置き、イタズラな笑みをこぼす。
ビル風が少々強いらしく、袋の取っ手がピリピリなびいて、音をたてる。
道路を挟んだ向かい側のビル、1〜2階程度下の大きな窓からは、別業種の誰かと誰か、知らぬ女性と男性が、淡々と仕事をしている景色が見えた。

「よこせ」
なにせ今日は職場近所の800円と、自販機の200円の予定だったのだ。

「昼飯買って来なかっ、……あるだろう、自分の」
宇曽野が推測した通り、箱の中は小さめのサンドイッチ数種類と、数切れのフレッシュで低塩分のナチュラルチーズ。
卵にビーフに野菜、それから少しの甘味と、サンドイッチはラインナップ豊富。
ローストビーフ入りをつまんだ宇曽野は、更にチーズを挟んで、藤森の承諾も待たず口に放り込んだ。

「肉は、美味い」
「そりゃどうも」
こんなもんか。と宇曽野。
チーズがビーフの熱で意図した通りに溶けた、わけではないが、
それでも、柔らかめの食感のそれは、グレイビーソースに控えめに絡み、
チーズ & ビーフの、そこそこ不思議な歯ざわりを生み出した。

「チーズが溶けない」
「そりゃな」

「溶けた方が美味い」
「挟むなら、そうだろうな」

そもそも挟んで食う前提ではなかったんだが。
ため息を吐き、宇曽野のレジ袋を覗く藤森。
中身が職場近くで売られている800円であることに気付き、ため息をついて、ワラサのフィッシュカツサンドを手に取った。
「それ買ってきたのか。よりによって、美味くはないと不評なものを」

それは、「栄養『だけは』豊富」、という総評の大豆ミートパイであった。
都民の偏食と栄養バランスを改善すべく、近所の惣菜屋が、どこぞの栄養コンサルタントやアドバイザーと共同で開発・商品化したもので、
有機野菜由来の栄養素と、申し訳程度の調味に定評があり、
藤森の部署内では、「飲み物無いとパッサパサ過ぎて無理」と酷評であった。
あるいは「これより、同じ店で売られてるいつものベジカレーの方が数千倍美味い」と。

「サンドイッチの礼に、先に1個やるよ」
「毒見狙い、バレてるぞ」
「なら食え」
「断る」

その後宇曽野は、ミートパイの水気の無さに悪戦苦闘しつつも、それを見事に完食せしめたわけだが、
最後の一口を食道へ押し込むまでに、
藤森のサンドイッチ2個とチーズ3切れ、そしてボトルの中の野菜スープの援助を要した。

例の階下の大窓、別業種の誰かが、窓越しに向かい側の職場の屋上を見れば、
昼の景色として、パイに苦戦して胸をトントン叩く宇曽野が見えただろう。

9/25/2023, 11:30:04 AM