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ひとひら

 先生が修復士として有名になったのは、とある資産家が持つ貴重な皿を直してからだった。持ち込まれた時は木っ端微塵で、皿の面影すらなかったそれらを、完璧に直した。それに感動した資産家が先生の噂を広めた。どんなものでも直してしまう優秀な修復士がいる、と。

 資産家が皿を持ち込んだ時のことはよく覚えている。漆の箱に破片は収められ、どうかと床に額を擦り付ける勢いで頼み込んできたのだ。真っ白で、汚れとは無縁の皿。どの破片を見ても花びらのように薄く、向こう側が透けて見えそうだった。聞けば、亡くなった奥さんが生前焼いた最後の皿だそうだ。彼女の作る皿は趣味で作るにしてはあまりにも完成度が高く、その業界では非常に高値で取り引きされていたらしい。
 そのためか、注文は至ってシンプルだった。完璧に直して欲しい。金継ぎはせず、この際皿としての機能は失われてもいいから、完璧に。
 先生は二つ返事でそれを請け負い、資産家が帰った後に深いため息をついた。
「骨が折れる仕事になりそうだ」
 そう言いつつも、どこかわくわくとした目をしていた。
 破片を貼り合わせた後、金継ぎの要領で白い絵の具を塗る。そうして完璧に直したように見せる。そういうことでまず、僕らは白の特定に入った。白と一口に言ってもベージュよりの白だったり明るい白だったり、無限にある。僕らは配合を少しづつ変えながら皿の白を作った。
 貼り合わせるのは先生の仕事だ。僕はまだ見習いなので、貼り合わせられそうな破片を隣同士で並べたり、絵の具や接着剤の準備をしたり、先生の仕事を見学したりした。どれもこれも白だったから、まるでミルクパズルをやっているようで頭が痛かった。けれど先生は、平気そうな顔をして次々と破片を貼り合わせた。
 順調に作業が進む中、事件は起こった。「まずいな」先生はこめかみを掻きながら机を見下ろしていた。
「欠片がない。探すのを手伝ってくれないか」
「もちろんです。どんな形ですか?」
「ちょうど、桜の花びらのような形だ」
 先生は指で空に形を描いてみせた。僕は頷き、作業場をくまなく探した。その間、先生には作業を進めてもらうことにした。
 果たして、破片は見つからなかった。机周りも、先生の部屋も、僕が寝泊まりしている部屋も、風呂場も洗濯機の中も冷蔵庫の中も探したけれど、どこにもそれらしいものはなかった。焦る僕とは裏腹に、先生は落ち着いた様子で「作るしかないね」と言った。
「作る……?」
「さすがに同じ素材で同じものは作れないが、幸い依頼主は皿としての機能は失われていいと言っている。やるしかないさ」
 偽造と言うと聞こえは悪いが、先生はとにかく何が何でも直すようだった。僕はそれも見学しようと思ったが、生憎そろそろ別の依頼人の物を届けなければならない時間だった。

 かくして、先生の修復は成功した。僕が帰ってきた時にはすでに破片は作られ、それを組み込んで貼り合わせた皿は元の通りに戻っていた。資産家は何度も頭を下げ、必ずお礼はしますからと何度となく言い、先生と僕と順に握手をして去っていった。
「結局、あの破片はどこに行っちゃったんでしょうね」
 僕が独り言のように言うと、先生は少し考え、
「あるべき場所に帰ったのさ」
 と言った。先生は目を細めて、窓から見える桜の木を見つめていた。

4/13/2025, 1:39:01 PM