おへやぐらし

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ポン太は気がつくと、
見知らぬ街の路地に立っていた。ついさっきまで
馴染んだ街を歩いていたはずなのに、
今目の前に広がるのは、まるで別世界のような光景。

狭い路地を挟んで、古びた建物が何層にも重なり合うように立ち並ぶ。看板やネオンサインが無秩序に
突き出し、文字が光で明滅している。

建物と建物の間には錆びた階段が張り巡らされ、
複雑な構造を作り上げていた。

「どこここ……」

どこからか聞こえてくる
調理の音、話し声、機械の唸り声。
生活音や匂いはするのに、人の姿が見えない。

「あ」

角を曲がった先、人影が目に入った。
狩衣を着た、自分と同い年くらいの子。
白い狐のお面を被っており表情は見えない。

「何してるの?」

声をかけると、
その子はゆっくりと顔を向けた。

「君、迷子?」
「うん……ここ、どこかわかる?」
「さあ、どこだろう。でも楽しいよ」

男の子がお面の下でにっこりと
笑ったような気がした。

「ボクは和音《わおん》。君は?」
「ポン太。よろしく、和音くん」
「ポン太、一緒に遊ぼうよ」

それから二人は鬼ごっこや隠れんぼをして遊んだ。

和音は猫のように身軽で、狭い路地の隙間をするりと簡単に通り抜ける。そんな和音をポン太は夢中で
追いかけた。こんなに楽しいのは久しぶりだった。

「お腹空いたなあ」

いつの間にか日が暮れて、
ネオンの光が街を幻想的に彩っていた。

「じゃあ何か食べよう」

和音に手を引かれ、ポン太は小さな店の前に案内された。薄暗い店内には、見たことのない料理がたくさん並んでおり、甘辛い香辛料の匂いが鼻腔をくすぐる。

「これおいしいよ」

和音が差し出したのは、顔サイズもある大きなお饅頭。一口食べれば、とても美味しいに違いない。

ポン太が饅頭に手を伸ばしかけた時、

『ポンちゃん、あちらの世界の食べ物を食べてはいけないよ。食べてしまったら、もう帰ってこられなくなってしまうから』

おばあちゃんの声が頭を過ぎった。

「……ありがとう、やっぱいいや」
「そう?じゃあもっと遊ぼう」

――

「ポン太、ずっとここにいたら?」
「でも、家に帰らないと」
「ここが家になるよ。ボクと一緒にいれば、
 毎日楽しいよ」

――そういえば、さっき気づいたのだが、
和音には影がない。

「……お母さんが待ってるから、ばいばい」

そう言うとポン太は勢いよく駆け出した。
後ろから和音の声がしたが、振り返らなかった。

どこを走っているのかわからないけれど、
ただ「帰りたい」という気持ちだけが
ポン太を突き動かしていた。

気がつくと、見慣れた街の路地に立っていた。

「あれ……」

振り返っても、先程まで走っていた狭い路地は
どこにもない。夢でも見ていたのだろうか。

ふと、ポケットに手を入れると、小さくて固いものに触れた。取り出してみると、それは赤いビー玉。
さっき、和音がくれたものだ。

「また遊ぼうね」と言いながら渡してくれた
いちご飴のような小さな贈り物。

ポン太はビー玉をぎゅっと握りしめた。
あの見知らぬ街も和音も本当にいたのだ。
もしかしたら、また会えるかもしれない。

夕焼けがポン太の影を長く伸ばしながら、
家路を辿る。その時、掌の中で赤いビー玉が
光ったような気がした。

お題「見知らぬ街」

8/24/2025, 8:45:34 PM