桜河 夜御

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お題「貝殻」 

 幸せに、なりたかった。
 幸せになるためには、どうしたらいい?
 ――欲しいものが、何でも手に入れば、それは幸せ?
 分からない。分からないけれど、幸か不幸か自分には欲しいものを何でも、欲しいだけ手に入れるだけのお金があった。
 だから集めた。とても欲しいと思ったものも、少し欲しいと思ったものも、欲しいかもしれないと思ったものも、別にそこまで欲しくはないけれど薦められたものも。全部、集めた。
 集めて、集めて、集め続けて……。
 一部屋が埋まり、二部屋が埋まっても、満たされない。
 いつまで続ければいい?あとどれだけ集めたら、幸せになれる?
 もっと、もっと集めなければ。
 今までよりも高価なもの。美しいもの。素晴らしいもの。誰もが欲しがるようなものを。
 集めて、集めて、集め続けたのに、ちっとも満たされなかった。
 どうしよう?どうしたらいい?どうすれば、幸せになれる?
 もっと集めれば、幸せになれるだろうか。
 これ以上、どんなものを集めればいい?
 この世で一番高価なものも、美しいものも、素敵なものも素晴らしいものも。称賛されるあらゆるものは、もう集め尽くしてしまった。
 それならば、今度は手放してみようか。
 欲しい人に、欲しいものを、欲しいだけ。
 望むものが手に入れば、人は幸せになれる筈だ。だから、自分にはいらなかったものを欲しい人に渡すことで人を幸せにできれば、満たされるかもしれない。
 そう思って、いらないものはどんどん手放していった。
 幸いにも、欲しがる人はいくらでもいた。いらないものも、いくらでもあった。
 あれも、これも、それも……自分にはもう、いらない。
 そうやって次から次へと手放していって、物で埋め尽くされていた部屋が綺麗に片付いて。
 これだけは、と。手放せずに残ったのは、箱に仕舞った貝殻一つ。
 この貝殻は、いつ手に入れたものだったか。その時の自分は何故、この貝殻が欲しかったのか。
 それはきっと、誰かが、この貝殻を綺麗だと言ったから。それを言ったのは、誰だった?
 思い出そうと、目を閉じる。目蓋の裏に浮かんだのは、たった一度だけ家族全員揃って行った海の情景。
 何故、その日に海へ行こうと決めたのか分からないような曇り空の下。季節も夏ではなかった筈だ。波だって穏やかとは言い難い。
 それでも、あの日の海は、美しかった。今まで見た、どの景色よりも。
 海には入れないけれど、みんなで歩いた砂浜で。そう、自分で、見つけたんだった。この貝殻を。
「見て。これ、綺麗だよ」
 どこにでもありそうなその貝殻を、その時の自分は綺麗だと思った。
「本当だ」
「うん。綺麗だね」
 家族も口々にその貝殻を褒めてくれた。穏やかで、優しかった時間。
 あの時間が確かに幸せだったのだと、たった一つの貝殻が証明してくれていた。
 
 ずっと、幸せになりたかった。
 幸せになるためには、どうしたらいい?
 ――自分には、貝殻一つで充分だった。

                    ―END―

9/14/2023, 1:48:52 PM