とある家族で飼っていたポメラニアンが、寿命半ばで死んだ。正しくは、苦しみから解放してあげたのである。
麗がまだ幼いころ……。家族でショッピングに出掛けたとき……。幼い娘の麗が、ペットショップの前で立ち止まった。
「どうしたの? 麗」
母親が尋ねると、麗はある方向を指差した。ショーウインドウの中から麗を眺め、アピールするようにしっぽを振っているポメラニアン。
「飼いたいの?」
「うん! 飼いたい!」
母親の問いに、目を輝かせて頷いた麗。しかし……。
「でも……。お父さんも、お母さんも、仕事で昼間は家に居ないぞ。麗も、幼稚園があるし」
父親がそう言うと、縋るように訴える。
「お願い。ちゃんと、お世話するから。いいでしょ?」
悩む夫に、妻が話す。
「あなた。お父さんに、相談してみるわ」
妻の両親が、自宅から歩いて数分のところに住んでいる。
電話してみたところ……。費用は麗の両親が持つという条件で、世話を承諾してくれた。
ポメラニアンは、毛色から『ココア』と麗が名付けた。
麗は、ココアの世話を一生懸命やった。朝早く散歩に連れていき、幼稚園から帰ってきてからも散歩に連れていき、ココアの食事を見届けてから家に帰る。ココアも、麗に一番懐いた。飼い主とペットというより、ほとんど友達のような付き合いである。
小学校の入学式では、新しい制服を抱っこしたココアの毛で台無しにしてしまい、母親を呆れさせた。
「卒業式は、ココアを抱っこするの禁止! いいわね?」
そう約束させられた麗だが、それは果たせなかった。
麗の小学校卒業まで、あと一ヶ月。ココアの心臓に疾患が見つかった。更に……。悪いことに、肺水腫を併発してしまった。
入退院や通院を繰り返すうちに、心臓が疲労とストレスに耐えられなくなってきた。
獣医師からは、このまま苦しい思いをさせるくらいなら……と、打診された。
反対するかと思っていた麗のほうから、安楽死を願い出た。
「ココアは、どうして欲しい……って、言葉に出来ない。だから……。私は、こうすることがココアのためになる……ってこと、してあげたいの。ココアは、許してくれるよね?」
そう訊いた麗の頭を、母親は胸に抱き締め、優しく返す。
「うん。許してくれるわ。きっと……」
点滴の管が射し込まれ、生理用食塩水、麻酔、心臓を止める薬がココアの体内に入っていく。ココアが身体を横たえるまで、時間は掛からなかった。
床に膝を着いて、診察台に横たわるココアと目線の高さを同じにした麗。
「麗。ココアの瞼を、とじてあげないと」
そう言って、手を伸ばそうとした母親。しかし……。それを、夫が止める。
「お父さん。お母さん。ココア、いつもと同じ目で、私を見ている」
顔を涙で濡らしながらも、無理に笑顔を作ってそう言った麗。彼女の目に映るのは、安らかな瞳で自分を見詰めている愛犬の顔であった。
3/14/2023, 12:29:04 PM