輪手輪ダーリン

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妄想昔話 最終話


声のする後方に身体を向けると
先程まで何もなかった空間に数千もの鳥居が立ち並び、その先の彼方にはお社が見えていました。

お社まで距離がかなりありましたが
天界では身体が浮き上がるほど軽く、スタスタと駆けていくことができました。

お社に着くと、本殿の頭上のしめ縄には紙垂がかかっていて、扉は開かれていました。扉の向こう側に朧げながら誰かいる気配がします。

『よく天界まで参ったな。歓迎するぞ。儂は宇迦之御魂大神と申す』

声が聞こえたとき、紙垂がひらりと揺れました。

『翁狐でなく、そなたがここに参ったからには、儂に何か用があるのだろう?』

霊狐は膝をつき名を名乗ると、宇迦之御魂大神に事の詳細をつぶさに話しました。

人間から迫害をうけていること。
人間と狐族との関係性について。
とてつもない飢饉が迫っていること。
そして、宇迦之御魂大神に豊穣の雨をもたらして欲しいことを。

どれだけ時が経ったか分からないくらい懸命に伝えました。叶わなければ自害するとらいわんばかりにの気迫で伝えました。

『そなたの言いたいことは理解した』

『ただ残念だが、儂は神という立場があるから、私情で生き物の生死に関わる行為をしてはならぬのだ。自然の均衡が崩れるからな』

『だが、そなたの殊勝な心構えが気に入った。儂の使いにならぬか。使いとなれば神の力を分け与えることができる。豊穣の雨をいつでも降らせることができるようになるぞ』

『そなたは神ではないから特別に、村人や狐族のために雨を降らせても目を瞑ってやる』

『ただし…』

宇迦之御魂大神は語気を強めて

『使いになるには肉体を捨てて、魂だけの存在にならねばならぬ』

『魂だけの存在になると、わたしはどうなってしまうのですか?』霊狐は聴きます。

『同じ魂だけの存在である神か死者にしか、そなたの存在を認知できなくなる』

『そなたにできることは2つだけだ。
このまま帰るか、肉体と決別し儂の使いとなるか。さて…どちらを選ぶ?』

霊狐は宙を見上げて哀しげな表情をうかべましたが、答えはすでに決まっていました。

『また離れ離れになってしまうな』
と霊狐はつぶやくと、宇迦之御魂大神に返答をしたのでした。

『使いにしてください』



源蔵は空を見上げていました。

いつもと変わることなく、空は隅々まで青く晴れ渡っていましたが、1つだけ大きく変わったことがありました。

雲一つない空なのに突然雨が降る、"狐の嫁入り"がなぜか頻発したのです。

翌年は西日本全体で大飢饉が起きましたが、この村周辺だけは狐の嫁入りのおかげで作物は枯れずに実ったため、飢饉を乗り越えることができたのです。

村長である源蔵は、稲荷様の使いである狐が、村の現状を稲荷様に報告したから、もたらされた雨であると村人たちに伝えました。

源蔵のあまりの変貌ぶりに、村人は戸惑っておりましたが、雨が降る奇跡を何度も目の当たりにしたこともあり、信じるようになっていきました。

こうして狐の嫁入りは、農作物を豊かに実らせる縁起のいいものとして。狐は稲荷様の使いとして、村人に敬われる存在になったのでした。

余談ですが、奇跡が起こるようになってから40年余りが経ったころ、源蔵は村人に見守られながら、臨終の時を迎えていました。その時にも狐の嫁入りが降ったそうな。

源蔵は雨が降る空が見える方向へ
顔を向けると『やっと会えるね』と
つぶやき微笑みを浮かべて
静かに息を引き取ったそうです。

太陽の反対側の方角に
七色の虹が淡く輝いておりました。




おしまい

"形の無いもの、存在"

9/25/2023, 3:52:40 AM