薄墨

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桜の下には死体が埋まっている。
そう書いた文豪は誰だったか。

桜、菜の花、すみれ、白詰草、たんぽぽ、ホトケノザ。
色とりどりの花が満開に咲いている、春爛漫の川原道。
小さい頃に、友達とワイワイ作った花冠を思い出す。

僕は、百花繚乱の道の中、一人、川沿いを歩く。
人通りはない。ここは山の麓の、穴場スポットなのだ。
僕は、スーツケースを引きずりながら、ボストンバックを胸に抱える。

もうすぐね。
僕は鼻歌を歌いながら、どんどん進む。
もう少し。もう少ししたら、あの桜の木に着く。

それにしても、この辺りは花が特に綺麗。どの花も、生き生きと、美しく咲いている。
やはり、この地は土壌が良いのだろう。
僕が買ってきた花よりも、ここらの花の方がずっと美しい。
毎年、ここの景色は変わらない。
あいもかわらず、春爛漫で鮮やかだ。

僕はぐんぐん先へ進む。
彼女は気に入ってくれるかな。
僕は胸に抱えたボストンバックを、大切に抱きしめる。

たんぽぽと白詰草の花の中、細くくねった道を歩く。
彼女がいる場所まではあと少し。
樹々の開けた目的地が、もうすぐそこに見えている。

空気がグッと重くなる。
春爛漫の暖かい気温が、ここに足を踏み入れると、冷や水をかけられたようにひんやりと下がる。
彼女の近くに着いた証拠だ。僕は顔を上げる。

目の前には満開に咲き誇った桜の大木が立っている。
花弁がはらはらと散り、花をいっぱいにつけた枝が重たそうに揺れる。
その木の下に、桜色のワンピースを着た、美しく愛らしい少女が、立っている。
“彼女”だ。

「1年ぶり。元気にしてた?」
僕は彼女に話しかける。
彼女は微笑む。

「僕は、いつも通りって感じ。うん、進展はなし」
「やっぱり、貴女にしか話せないよ。恋バナは。うん、もう諦めてるんだ。きっとね、」
「生きているうちは、僕は誰とも結ばれない」

「…でも良いんだ。貴女が居てくれるから」
「……そして、貴女は、僕の好きな人をずっと取り込んで、美しくいつも一緒にいてくれるのから。」
僕の近況報告を兼ねた独白を、彼女は柔らかな笑みを浮かべながら聞いてくれる。

「だからね…ほら、今年も持ってきたんだ。…僕の好きだった人。きっと、取り込めば、君がもっと美しくなれるね」
「これで来年も会えるよね。今年も、一年よろしく。僕たちはずっと一緒。大好きよ」
僕はそう少女に笑いかけ、桜の木の根元の土に、シャベルを突き立てる。

穴を掘り、ボストンバックの中のもの…ついこの間まで人だった、女性の腕を入れる。
「…この腕が一番美しかったんだよ」
僕は少女に告げる。少女はいつもの柔らかい微笑を浮かべながらそれを見つめる。

僕は、その穴に土を被せる。
それから、スーツケースの中身を入れるための穴を掘る。

年に一度の、彼女とのデート。
今年も快晴の日を選べて良かった。
春爛漫の、長閑な桜の絨毯の上に、高いフランス料理のように、どきつい赤色とやわこい白い肌とが、のっかっている。
少女は、にこにこ笑いながら、僕のすることを見ている。かわいい。

今年も、素敵なお花見だ。
僕は、シャベルを動かしながら、春爛漫の空を仰いだ。

4/10/2024, 1:44:53 PM