かたいなか

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「『遠くの街へ』、『遠い空へ』、それから『遠い日の記憶』。さすがにもう『遠い』系は来ないよな」
アプリを入れて最初のお題が「遠くの街へ」だった。某所在住物書きは遠い遠い、1年半前の日を思い返して、当時の投稿を、
見返そうにもスワイプが面倒で面倒で、人差し指を何度も下から上へ弾いて弾いて、最終的に諦めた。

「毎回毎回新ネタなんて書けねぇからって、続き物風
で各お題のハナシを繋げてって、気が付いたら随分遠くまで来たもんよ。早いねぇ」
で、長期間投稿して何が不便ってさ。遠い過去であればあるほどスワイプして辿るのが面倒。
あとガチで買い切りの広告削除プランはよ。
物書きは恒例にため息を吐き、スマホを指でなぞる。

――――――

とある上京者の遠い遠い、幼少時代の記憶。
花と山野草溢れる雪国の、狐潜み狸飛び出す田舎出身で、当時の名前を附子山というのだが、
後に悪しき理想押し付け厨な恋人から逃げるために「藤森」と改姓したので、そちらで呼称する。

早くから少額の小遣いと家内手伝いバイト制とで、節約術と金銭感覚を養う機会を得ていた藤森。
幼少時代、すなわち二十数年前、あるいは三十年前かもしれない、遠い昔の叶わなかった欲望に、
某スイカの色と味するアイスを片手に、
某メロンの色と味するアイスを別の手に、
それぞれ持って双方を同時に楽しむ、
なんて贅沢が、実は存在した。

早くから子供ながらの我慢を習得していた藤森。
数分で2本分の金銭を一気に消費するよりは、2本を2日に分けて楽しむ方を好んだし、
そもそものところ、少々少食気味で、
大きめのアイスを同時に2本など食えぬ。

スイカアイスとメロンアイスを同時に食いたい子供心と、それを許さぬ理性のせめぎ合い。
時間は経過し季節も巡り、遠い日の欲望は遠い過去に埋もれて、記憶の奥の奥底へ沈んだ。
昔々、遠い遠い夏の日のおはなしである。

――で、その藤森、2024年の夏にして、とうとう当時の欲望の擬似的成就に手が届く距離に立った。
某プチプライスストアである。ハッピープライスでパラダイムなパラダイスである。
製氷トレーを買いに来た藤森は、スチール缶の並ぶ一角で、葛藤し、立ち尽くしていた。

すなわち濃縮タイプの1缶で4本分。
スイカアイスの素とメロンアイスの素である。

(キューブタイプの製氷皿で作れば、双方、食いたい分ずつ食えるということか?)
幼少時代のゆるやかな節約術が今も魂に残っている藤森。すぐさま1本あたりの単価を計算し、「既製品」と比較し、口を固く結んで小首を傾ける。
買っても良い。 買う必然性は、無い。
(そもそも4本も食うか?不必要では?)

遠い日の記憶が一気にプカリ浮いてきて、藤森の中の贅沢的欲望と節約的理性が喧嘩する。
買っても良いのだ。 買う必然性は、無いのだ。
(しかし小分けで作っておけば食うのでは?)
雪国出身の藤森は、出身のためか、25℃で弱り始め35℃で溶ける。暑さに弱いのである。
(買っておくのも、ひとつの、手か……?)
さてどうしよう。藤森はため息を吐く。
少額の小遣いで遣り繰りしていた幼少期と違い、今は金銭的余裕がある。藤森の財政は220円をケチるほど、逼迫してはいなかった。

「……」
買うべきか、買わざるべきか。
藤森が商品を凝視しているとき、商品を整理整頓している店員もまた、藤森を見ているのだ。

「意外と、ちゃんとスイカアイスしてましたよ」
ひょこり。葛藤続ける藤森を店員が言葉で押した。
「牛乳で割るとスイカミルクになるし、
炭酸で割ればソーダに、かき氷ならシロップにも。
バニラアイスに混ぜ込むのも、アリでしたよ」
どうです?便利ですよ。
藤森に対して店員は業務的に微笑し、
藤森は遠い日の記憶に責め立てられて、スイカアイスの素とメロンアイスの素を、双方、1本づつ買いたい衝動を、なんとか、一応、数分は抑え込んでいた。

「1本づつで宜しいですか?」
「えっ?」
「ホントに、本当に、『1本で足りますか』?」
「いや、その……」

7/18/2024, 4:59:44 AM