快晴
閉じていた部屋に、強く風が吹き込んだ。
その中にふわりと花の香りを感じて、繩手《なわて》は目を開ける。
「灯り……?」
部屋が明るい。
外からの光が差し込んでいることを不思議に思い、繩手はまだはっきりとしない意識の中、視線を向ける。
「え……?」
壁に、大きく穴が開けられていた。
「な、なんで?」
意味が分からず、繩手は目を瞬いた。しかし外で待つ人影に、すぐに事情を理解する。
燈里《あかり》や冬玄《かずとら》。そして睦月《むつき》や楓《かえで》、東。
繩手と共にここまで来てくれた人たちだった。ここに来た理由を思い出し、繩手は部屋へと視線を向ける。
「あぁ……」
祭壇とも呼べぬ粗末な台の上で、四肢を繋がれている女性。それに纏わりつく一匹の黒い蛇。
その痛ましさに、繩手の唇から嘆きとも取れぬ声が漏れた。
女性と蛇と。この部屋で行われていた悍ましい儀式とも呼べぬ凶行を理解し、繩手は強く奥歯を噛み締めた。
「麗《うらら》」
そっと呼びかける。
今度は想いを込めて。あの日名に託した意味を言葉と共に告げる。
噛まれた腕の痛みは、不思議と感じなかった。蛇の頭をゆっくりと撫でれば噛みつく力が弱まり、やがて静かに離れていく。
腹の内へと戻っていく蛇を見つめ、繩手は泣くのを堪え女性へと視線を向けた。
「麗、帰ろう」
女性の四肢を繋ぐ縄を解いていく。最後に見開かれたままの目を閉じさせ、繩手は優しく微笑んだ。
「帰ろう。今度こそ、ずっと一緒にいよう」
外へ視線を向け、見守る燈里と冬玄を見つめる。
燈里の婚約者だと紹介された冬玄は人ではないことを、繩手はここに来る前に教えられた。
とある村で祀られていた、シキという存在の一柱。それが燈里の家の守り神となり、そして今は彼女の婚約者として隣にいる。
二人の存在は、繩手にとって希望となった。人と人ならざるモノは同じように隣で寄り添えると、信じさせてくれた。
だから、と。
繩手は祈るような気持ちで女性に向き直り、想いや願いの全てを込めて、呼びかけた。
「麗」
ざあ、と穴から風が吹き込んだ。
風は桜の花びらを部屋中に散らし、女性の体に降り注いでいく。
そして――。
「――し、き」
閉じた瞼が震え、麗はゆっくりと目を開けた。
麗を抱き上げ外に出た繩手を囲う燈里たちから離れ、冬玄は一人部屋の中へと足を踏み入れた。
扉を開け、繩手の祖父の横たわる部屋に入る。
そこに這いつくばる男の姿はなく、代わりに見知らぬ男が佇んでいた。
「これで、満足か?」
問いかければ、男は微笑みを浮かべたまま首を傾げてみせた。
「あんたの主人の目的は満たされたのかってことだ」
あぁ、と男は頷く。足元に散らばる布団を一瞥し、笑みを深めた。
「そうだね。ようやくここの仕事が片付いたんだ。そこに関しては満たされたし、感謝しているよ」
ぴしり、と冬玄の足元が凍る。それはじわりと広がり、男の足元の布団を凍らせていく。
男は動かない。冬玄も何も言わず、布団を凍らせた冷気も、それ以上に広がる様子はなかった。
「偶然とはいえ、彼に関われそうな人間の中に君たちがいてくれて助かった……シキに見初められた女性。異類婚。どちらが欠けても、主が望んでいたこの結果には到達できなかったからね」
けれど。
鋭くなる冬玄の気配とは裏腹に、柔らかな声音で男は続ける。
「君たちにとっても、今回の件は悪くはなかっただろう?求めている答えの一欠片にはなったはずだ」
「――感謝しろというのか?」
ゆるりと男は首を振る。
どこまでも穏やかに、底の知れない笑みを湛え、告げる。
「僕としては褒めてあげて欲しいけれど、主は感謝されるためにしている訳ではないからね……僕の主は優しい子だから、少しでも君たちの手助けになれればと思っているんだよ」
まるで親のような言葉だ。
冬玄は警戒を緩めることなく、そう思った。
「さて、そろそろ行かなければ」
男の姿が揺らぐ。
入口の戸が開け放たれ、光と風が吹き込んだ。
「また会うことになると思う。さっきも言ったように、僕の主は優しい子だからね」
「できれば二度と会いたくはないがな」
顔を顰め吐き捨てた冬玄は、金の毛並みを持つイタチを一瞥し、背を向けた。
ぱりんと氷が割れる音を背後に、扉まで戻る。しかし扉の前に立つ東の前で足を止めた。
「北」
翁の面を付けた東が冬玄を呼ぶ。
それに冬玄は気配のなくなった背後を一瞥し、首を振った。
「必要ない。またあちらから接触するそうだ」
「そう」
それ以上はお互いに何も言わず。
燈里たちの元へと、足早に戻っていく。
「厄介ごとが増えたな」
溜息と共に吐き出し、冬玄は空を仰いだ。
快晴。
全ての終わりにも、始まりにも適した、青い空。
その青に彩りを加えるように散る桜を見ながら、これから先起こるであろう出来事を思い、冬玄は憂鬱に眉を顰めた。
4/14/2026, 10:10:53 AM