千歳緑

Open App

夢が醒める前に

 嘘を吐いた。
 夢の中で、死んだ母親に。
 母は僕の頭を、病室でよくやってくれたように優しく撫でて言った。

『もう、大丈夫。母さんがいなくても』

 ああ。見守ってくれてたのか。
 心配かけたなぁ。
 だから、うん、と嘘を吐いた。



 大丈夫、なんかじゃないよ。

 貴女を失ったその日から、人はいつか死ぬということ、幸せは永遠じゃないんだということを知ってしまった。
 そんなこと、あと三十年は知りたくなかったよ。
 そうしたら何の迷いもなく幸せになれたのに。
 寝る前に隣にいた人を、離れないよう手を握って、起きたら呼吸を確かめて。
 幸せなはずなのに、いつか失うんだと怖くなるなんてことなかったのに。
 見守ってくれたならまだここにいてよ。
 ずっと側にいるって信じさせてよ。
 貴女のせいで、いつも悲しいんだよ。

 そう言ってやりたかったのに。
 嘘を吐いた。
 心配かけたくない、からじゃない。



 ねぇ母さん。
 夢から醒めても、まだ嘘を吐き続けるよ。
 人はいつか死んでしまうけれど、幸せはいつまでも続かないけど。
 大丈夫じゃないのに、大丈夫って。
 あの日最期に言ったみたいに、強がって生きていくよ。
 
 


 貴女と同じぐらい、愛する人ができたから。

3/20/2026, 2:17:11 PM