燦々ときらめいていた太陽は、あっという間に仄暗い雲に覆われた。
今にも泣き出しそうな雨雲が、遠くから雷を鳴らし始める。
雷の音ばかりで、空の一閃を見つけることはできなかった。
まだ間に合う……っ!?
連日の茹だるような気温を利用して、今日はバスタオルやカーテンの大物をガッツリ洗ってきた。
調子に乗ってタオルケットやシーツまで干してしまう。
早くしないと洗濯物が死んでしまうっ!!!
夏の湿度が肌にベッタリとまとわりつくのもかまわず、俺は走る。
こんなにも全力疾走したのはいつ振りだろうか。
呼吸が乱れるほど走り続けているのに、無情にも雨がパラついてきた。
せめて本降りになる前に、と走り続けて玄関のドアを開ける。
そのままの勢いでベランダに直行しようとしたときだ。
もっ、もっ、と白い塊がリビングでうごめいている。
「うわっ!?」
「あ、おかえりー」
ひょこひょこと塊が向きを変えたと思ったら、ニパッと彼女の笑顔が飛び込んできた。
ドォン♡
ピッッシャァァァン♡♡
ガラガラ♡♡♡
ドッカーーーーーンッ♡♡♡♡
落雷位置はまさかの自宅。
光を探しても見つからないはずだ。
こんなにかわいい光が自宅に隠れているなんて……っ。
今日もかわいいをありがとうございます!
「ありがとうございます……っ!」
「んーん。雨、降られる前でよかったねー」
バサァっと白い塊をソファの上に投げ出し、すっきりしない雨雲を吹き飛ばしそうなほど眩しい笑顔を顔女は浮かべた。
横着して全部シーツに包んで取り込んできたのか、広がったシーツの中から衣類がゴロゴロと飛び出してくる。
その中から彼女はバスタオルを1枚手に取って、すんすん、と顔を寄せた。
……は?
タオルにキスするとか浮気では?
「そのタオルもらっていいですか?」
「えっ?」
落ち着け、俺。
タオルは無生物だ。
顔をつけたバスタオルに俺の顔を近づければ、実質彼女とキスを交わしたことになる。
それであれば彼女の非行をギリ許せそうだ。
早くそのバスタオルを寄越せ。
手を伸ばしたままの俺に彼女は大きな目を丸々とさせて俺を見上げた。
「あ、お風呂? よく見たらすごい汗かいてんね?」
「ん? えっ? あ、すみませんっ!? 俺、臭かったですかね!?」
「別にタイミングは好きにしたらいいけど……」
慌てた俺にかまうことなく、パタパタと手際よくバスタオルをたたみ始める。
そして朗らかな笑みのまま、彼女はバスタオルを俺の胸に当てがった。
「でも、せっかくならお日様の匂いが残ってるうちに使って?」
お日様、の……匂い……。
彼女の言葉を反芻して胸を押さえた。
ドッッッ♡
バリバリッ♡♡
バッシャァァァン♡♡♡
本日、2発目のかわいいが脳天を直撃して膝を折る。
「ありがとうございますっっっ!」
「うわっ!? 急にどうしたっ!?」
「いえ、なんでもありません。風呂行ってきます」
彼女からバスタオルを受け取り、シャツのボタンを緩めた。
気圧が下がり空気が重苦しく部屋を満たす。
いつもなら不快指数が上がるのだが、今日だけは、この気怠げな空気に身をまかせるのも悪くない。
低く鳴り響く遠雷を耳に、彼女から受け取ったバスタオルに鼻先を近づけた。
「いってらっしゃーい」
間延びした陽だまりの残り香が、憂鬱な心を溶かして満たす。
『遠雷』
8/24/2025, 12:04:39 AM