幼い頃に一度だけ、父に連れられ見に行った移動式サーカス。
テントの中、外界とたった一枚の布で区切られただけのその空間は、目眩がするほど輝かしく美しかった。
演者一人ひとりに当たるスポットライト。光を受け輝く色鮮やかな衣装や装飾。次々に繰り広げられる演目は、子供の目で見ても高難易度のものであることは一目瞭然だった。
派手に着飾り鮮やかにショーを彩る演者たちの中で、たった1人だけ、シンプルな黒の燕尾服に身を包みシルクハットを被った男性。手に持つステッキにはリボンも鞭も付いていない。派手な動きをするわけでも、動物を操って見せるわけでもない。
全ての演目が終わった後、暗くなったテントの中ステージ中央を照らすスポットライトを一身に浴び、優雅にお辞儀をし堂々と観客へ語りかける。
父にあれは誰かと聞けば、団長―― リングマスター ――という立場の人だと言った。
身一つで光を浴びステージに立つその姿が、どんなに派手なパフォーマンスよりも、輝いて見えた。
今でも鮮明に覚えている。あの時の感動と興奮を俺は一生忘れることはないだろう。
幼い憧れは夢となり、夢は叶い現実となった。
今度は俺――いや。私が、大勢へあの感動を伝える番だ。
暗転したテントの中、静かに歩きステージの中央へ。所定の位置についたらステッキで二度ゆっくりと床を突く。点灯の合図だ。暗闇の中、眩いスポットライトにこの身が照らし出される。マイクなどない。声を張り上げ、客席を埋め尽くす観客たちへ言葉を紡ぐ。
「――皆様、本日はお越しいただき誠にありがとうございます。団員達の作り成す夢のようなひとときを、心ゆくまでお楽しみくださいませ!」
歓声が上がる。私の一礼を合図に役者が飛び出し1つ目の演目が始まる。
役者と入れ替わるように中央を譲り、ステージの端。裏へ戻る前に観客席をぐるりと見渡す。観客の笑顔がよく見える。
皆が演目に釘付けになる中、一人だけ私を見ている少年を見つけた。不思議そうな表情と澄んだ瞳に、幼い頃の自分を見ているかのような気分になる。
少年へ微笑みかけ、シルクハットを軽く持ち上げ会釈をする。ぱ、と明るい笑顔になったのを見届けステージ裏へ戻る。
いつか、あの少年がこの場所に立つ日が来るのだろうかと想像し、夢を与える側に慣れたことの実感と喜びを噛み締めた。
#23『輝き』
2/17/2025, 5:35:02 PM