夏の忘れ物を探して
僕の友人は、遺失物センターで働いているのだが、9月になると決まって「夏の忘れ物」が急増するらしい。彼は遺失物管理者として、それらをひとつひとつ丁寧に保管しリストを作っているそうだ。
夏の忘れ物ってどんなのだよ、と僕が聞くと友人は、たとえばこんなの、といくつか挙げてみせた。
夏休みの終盤に焦って書いて結局出さなかった読書感想文、置き去りにされた片方だけのビーチサンダル、何度挑戦しても一度も成功しなかった逆上がりの練習帳、ホタテの貝殻に書いて海に流したはずのラブレター、いいねがひとつもつかなった花火大会のSNS投稿、リクエストが一度もなかったサマーソング……時には、誰も怖がってくれなかった幽霊、なんていうのもあるらしい。
へえ、色々あるんだな、と笑ったが、実は僕も夏に忘れてきたものがあった。あの人のこと。夏の思い出ってやつだ。あの人が僕に向けた微笑み、震えながら閉じた瞼、髪に残った潮風の匂い、耳元で囁かれた「またね」の言葉。でも全部、わざと忘れてきたから探すつもりはない。
まあ、取りにくる人なんてほとんどいないけどね、と友人は笑った──特に、ひと夏の恋とかはね。友人がからかうような笑みで付け足したのを、僕は肩をすくめて受け流す。この友人なら、「またね」という言葉は、再会の約束ではなく別れの言葉だと僕より早く気づいただろう。
誰も取りにこなかった忘れ物はどうなるんだ? と僕が聞くと、友人はあっさりと言った。処分だよ。保管期限が切れたら処分。再利用できるものでもないし。
友人と別れた帰り道。
日没の早まりを感じながら僕は、遺失物センターに保管された夏の忘れ物たちに思いを馳せた。持ち主が取りに来ることもなく、片隅に積み上げられたものたち。だがまだ淡く夏の煌めきを残している。そのわずかな、もうすぐ消えていくだろう煌めきが、僕の胸をほろ苦さでいっぱいにした。
9/1/2025, 2:06:55 PM