“夏”
生ぬるい風に乗って、吹奏楽部の楽器の音とグラウンドを走る運動部の掛け声が聴こえてくる。完全に集中力を欠いた俺は指でシャーペンを回しながら、解答を悩んでいるふりをしてそっと向かいに座る男の顔を眺めることにした。
透き通る様な白い肌、スッと通った外人みたいに高い鼻、長いまつげに縁取られた切れ長の目、さらりと流れる少しだけ伸びた髪。見ているだけで涼しくなる様な見た目の彼はその実ありえないほどに沸点が低い激情家だが、今は課題に集中しているせいか静かにしている。
静かにしてればなあ、なんて彼をよく知る人間なら誰しもが一度は口にしてしまう言葉が頭の隅を過ぎった。
静かにしていれば、確かに彼はとても綺麗な男だった。クラスメイトの女子たちがグラウンドにいる彼を見ながらヒソヒソと話していたとおり、目の保養というやつなのだろう。激情家な一面ばかりを目撃してきたからか静かな彼は少し物足りなさもあったが、目の保養と思えばもう少しだけみていたいという欲も出てくる。なんだか急に喉が乾いてきて、ゴクリと喉を鳴らしたと同時に、彼が顔を上げた。
「さっきからジロジロと人を見やがって、なんのつもりだよ」
目一杯に怒ってますという顔をして睨みあげてくる彼はもう完全に激情家の顔になっていて、良くわからないけれど酷くホッとした。
「なんでもないよ、良くこの暑い中集中が続くなって見てただけさ」
「お前の集中力がないだけだろ」
フンッとバカにした様に鼻を鳴らした彼はそのまま机に置きっぱなしにしていたペットボトルを手に取った。ペットボトルについた水滴が彼の白い腕を伝って落ちていく。流れる水滴を目で追っていた時にチラッと見えたYシャツの下の二の腕の白さがやけに目について、また喉がゴクリと鳴った。その意味を考えたくなくて目を逸した先には夏の抜けるような青空が見えた。
夏だから、暑いから。ただ、喉が乾いただけだから。
ちょっと飲み物買ってくるわと教室を出る俺の背中に向かって俺のも頼むわと言う彼の声が聞こえた。
6/28/2024, 2:35:00 PM