[風に身をまかせ]
鳥を羨ましいと思ったことがある。
風に吹かれて自由に飛んでいける鳥に羨望を向けたことが一体何度あっただろう。
ああなりたいと今まで何度思っただろう。
あの青空に何度手を伸ばしただろう。
空(そら)を掴めなくて空(くう)を切るこの短い手に何度絶望しただろう。
私はあの青く澄み切った空を手に入れたかった。
手に入らないものだと理解していても心はあの空だけを求め続けた。ヒューと音を立てて一際強い風が吹き、私はまた手を伸ばす。俗世から離れた空に近い此処からだと私と空を遮るものがなくて、今だけこの空は正真正銘私だけのもの。
『どうして空に焦がれるの』
そう問いかけてきたのは誰だったっけ。
真正面に空が見える。
雲一つない蒼天は今日の門出に相応しい。
何よりも尊くて何よりも愛しい私の『空』。
風が強くて凛と腕を伸ばせない、あなたに伸ばす最後の手なのに。
あなたに伸ばす最初の手になるのに、触れられない。
ずっと生きて、ようやく私はあなたのものになれるのに。
何故、涙が出てしまうの?
空に焦がれ続けた私の人生。晴れやかな青空も、雲に憂いた空も雨に泣いた空も、満点の夜空だって何時いかなる時だって私はあなたを想っていた。愛し続けていた。
『魂に刻まれた“愛”だからだよ』
あぁ、ようやく私の願いが叶う。
嬉しい。私はあなたに還ることが出来るんだ。
あなたに焦がれたこと以外何もない人生だったけれど、最後に私はこの世で何よりも尊い愛に抱き締めてもらえる。
これ以上の幸福なんて、この世にありはしないでしょう?
――叶うと、いうのに。
(どうして……)
あなたの姿が段々と遠くなってしまうの……?
どうしてこんなに、…………。
「い、やだ」
嬉しいはずなのに涙が溢れる。
幸せなはずなんだ、私は幸せなんだ。
なのに、溢れる言葉と想いはあなたに触れられる幸福を拒絶するものばかりで。
ねぇ、私は間違えたの?
私が求めていたものはこれじゃあ、なかったの?
違う、違う。
私は『空』を求めていた。
青く輝く青空を、澄み切った貴方を私は確かに求めていた。
「わたし、まだ――」
『私、空が好き。友達じゃなくて、恋人に、なりたい』
『あ、……、お、れは……―――、――――――』
本当に焦がれた者の名前を口にする前に。
本当に焦がれた者の名前を思い出す前に。
―――私は地へと叩き落される。
5/15/2023, 9:02:47 AM