椋 ーmukuー

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目を閉じる。耳を澄ます。喧騒の中に自分がいる事を再確認する。
都会に来るとやはり胸が高鳴る。密集した住宅街と田舎じゃ考えられない速度で横切る列車。空気こそ美味しくないものの、この生ぬるい気体で酔えるほど、私は気に入っていたのかもしれない。

比べるものじゃないけれど、家庭環境が良くない自分は早く家を出たいと思っている。できるなら溢れんばかりの人混みに紛れて誰にも気付かれない所まで逃げたいと。兄さんも姉さんも考える事は同じだった。だから今、こうして姉さんは都会へ旅立つ。兄さんはとっくの昔に家を出た。残っているのは自分だけ。唯一本音をぶつけ合える兄弟という存在が集まる事も滅多になく、姉さんの引越しを口実に久々に待ち合わせをした。

自分達を繋いでいるのは血だけじゃない。目に見えない何かが存在していて、待ちわびた再会を心から喜んだ。話に花を咲かせ、夜を更かした。

日が昇り、朝が来たことを悟った。また元の日常に戻る。それだけのこと。互いが互いに健闘を祈り、兄さんと姉さんは自由な日々に帰って行った。

目を閉じる。耳を澄ます。再び目を開けたそこに憧れた土地は無く、聞こえてくるのは暴言と悪口と批判だけだった。

解放されるまで、残り2年の砂時計。

題材「耳を澄ます」

5/5/2026, 4:32:07 AM