『Vampire』
ある古城に一人の吸血鬼とその吸血鬼に仕える人間のメイドがいた。
「ヴィクトリア、丁度良かった。どうかそのままこちらへ来てくれないかい?」
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
その吸血鬼は人間に対して非常に友好的で…。
「先程とても怖い悪夢を見たんだ。酷く残酷で恐ろしい、僕にとっては最悪の悪夢を。」
「それは一体どのような内容で?」
紳士的で、涙脆くて、心の底からのお人好しで。
「──僕がヴィクトリアの血を吸っちゃう夢だよ。」
人間を傷付けることを怖がり、自ら人間の血を飲むことを拒むような人物であった。
「僕に血を吸われたヴィクトリアは酷く怯えていて何度も悲鳴を上げていたよ。でも、夢の中の僕はそんなこともお構いなしに君に何度も牙を突き立てて血を吸ったんだ。」
「まあっ、ご主人様が見られた夢の中ではそのようなことがあったのですね。」
「…ヴィクトリア…ごめん、ごめんよ。夢の中とはいえ、僕に唯一歩み寄ってくれた君の血を吸ってしまうなんて…ッ。」
棺桶の中で吸血鬼は上半身を起こし、歩み寄ってきてくれたメイドに対して悲しげな表情を浮かべながら深く頭を下げる。その体はカタカタと震えていた。
「嗚呼ご主人様、どうか顔をお上げになってください。謝らないでください。私はご主人様がそのようなことは決してなさらないと知っております。本当に心優しい方だと分かっておりますから…。」
メイドが棺桶に腰掛ければ、怯えて震えている吸血鬼を抱き寄せる。それから吸血鬼の頭を優しく撫でながら、何度も「大丈夫、大丈夫ですよ。」と静かな声で話し掛けた。
そうすると暫くすれば吸血鬼の震えは収まり、やがてメイドの腕の中でウトウトし始めた。
「…おやすみなさい、ご主人様。今度は良い夢が見られると良いですね。」
「あぁ、ありがとう。君のお陰で、次は本当に良い夢が見られそうだよ。」
そうして吸血鬼が眠りにつけば、メイドは吸血鬼を棺桶の中へ戻して蓋を閉める。その際、メイドは一言こう呟いた。
「ご主人様…エリアーノ様になら血を吸われても全然構いませんのに。」
3/16/2023, 10:18:26 AM