“逃避行”
私が起きた時、時計は明日に変わっていた。誕生日だった。気絶してから何分だったのだろう。
母は、私を殴ってから飲みに行ったかな。
あぁ昨日酷かったもんなぁ。受け身とってもこれか。
母の彼氏がいなくてよかった。
毎回あるなんにもない時間。
その時間が増える度、怪我を隠すのは上手くなった。あと受け身をとるのも。
傷が増える度、逃げたいって思いが増えていく。
でも、逃げ方が分からない。ここにいるしかない。
どん。
隣の部屋から壁越しに何かがぶつかる音が聞こえた。
また、へやが静かになる。
いつもより大きな音だった。
私は長袖の服を着て傷をかくし、部屋を出ておとなりさんを確認してみた。部屋を出るのは久しぶりだった。
とりあえずノックして、ドアノブを捻った。
おとこのひとがいた。はじめてみた。
目の前に人がいて、おとこの瞳は何かを怖がってるように見えた。
おとこのひとは入ってきたのに気づいて、びっくりしていた。諦めた顔をしてた。
「死んでるの?」
『うん』
また、静かになる。
『殺した。』
「え?」
『俺、、、殺した、。』
「私も…しぬの、?」
『いや、殺さない。』
『これから、逃げる。だから、
「連れてって。」
『え?』
伸びた前髪の向こうから見える瞳と、目が合う。
「ぜったい、だれにも言わない。」
「逃げたいの、ここから。でも、わかんなくて、」
「だから、一緒に逃げて。」
「もし、何かあったら、ころしても、いいから。」
気づいたら、おとこのひとにそう頼んでいた。
『いいよ、でも、いいの?』
「うん。いい、」
『じゃあ一緒に行こう。』
『なるべく目立たないようにね。』
おとこのひとはパーカーを被って私にキャップをつけた。
誕生日に貰ったのは、
傷ついた身体と
嘘だった。
【すれ違う瞳】
5/5/2025, 2:58:50 PM