雨露にる

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「人間の体はおおむね『二つ』で構成されている。
 たとえば眉、たとえば目、たとえば耳、たとえば腕、たとえば足、たとえば肺、たとえば腎臓。一つの鼻に空いてる穴は二つだし、唇だって上唇と下唇の二つで成っている。脳だって右脳と左脳の二つだ。すべてが二つで構成されているわけではないけど、まあ人間というのはおおむね『二つ』から成っている。
 では『人間』という動物の話をしよう。
 人間とは、社会的動物である――という話は聞いたことがあるかな? 勉強家の君のことだ、きっとどこそこのいけすかない学者が道端でべらべらとそんな話を口軽くしているのを耳にしたことがあるだろう。
 そう、人間というのは社会的動物である、とされている。簡単に言えば、社会を構築し、その中で生きていく生き物だということだね。群れが必要だということだ。
 たとえば君、君が一人で孤独に生きているとしよう。あの大きな屋敷の一室に引きこもり、誰とも関わらない日々を送り、静かに命を消費しているとしよう。ではその場合、君は群れの一員ではなく、個人として独立していることになるか? 答えは否だ。君が一人、孤独に慣れ親しむ生活を送り、誰の目にも触れずにいたとしても、それが絶えず他者の手によって成り立っているものであることには変わりない。よって君は未だ群れの一員だ。
 人間というのは、他者と在ることにより己と人の境界線を知る。境界線を知ることで『個』と『他』を認識する。他者ありきの存在だ、『一』ではなく『二』でなくてはならない。『二』から始まるんだよ、人間としての『君』は」

「つまり、どういうことですか」

 滔々と流れる言葉の合間に少年が問いを差し込めば、魔女は一つ瞬き、ゆっくりと美しい笑みを浮かべた。木漏れ日にきらめく金の双眸には、いついかなるときも変わらない、慈しむ色が湛えられている。
 ふふ、と吐息のような笑い声。
 白い指先が簡素なガーデンテーブルの上に置かれた小さな焼き菓子をつまんだ。

「つまりね。一つだけ、なんていじらしいことを言わず、二つでも三つでも好きにお食べなさい、ということだよ」

 たったそれだけの話なのであった。


(お題:一つだけ)

4/3/2023, 2:46:44 PM