からからと回る風車。
騒めく木々。せせらぐ川の音。
結局、戻ってきてしまった。
懐かしき屋敷を前に、一つ息を吐く。
決してこの地を嫌い、離れたわけではない。
けれども、ここでは見えぬ景色を知りたいと願ってしまい、飛び出した。
街の喧騒。無機質な雑音。
様々な地を渡り、ここにはないモノを数多に見た。
鐘の音。響く旋律。
ここに似た地にも訪れた。
けれどもやはり、ここを忘れた事はなかった。
耳を澄ますと聞こえる音を。
何より、己を呼ぶ声を常に求めていた。
結局は、この地でなくば在れぬのであろう。
「あ、おささまだ」
「ほんとだ!おかえりなさい、おささま」
「お帰りなさいませ、長」
己の姿を認め、家人が皆声をかける。
「今戻った。皆、変わりはないか」
「えぇ、何も。皆が寂しがっているくらいですわ」
「泣かなかったわ、わたし!いい子にしてたもの!」
「ぼ、ぼくだって、いい子にしてたよ?」
「そうか。寂しい思いをさせて済まなんだ」
変わらぬ皆の声に安堵しながらも、未だ己を長と呼ぶ皆に胸中で困惑する。
この地を離れる際に、長の座は退いたはずであった。
「夜半はおるか」
「ここに」
新しく長となったはずの者の名を呼べば、間を置かずに現れる男。
「ようやくお戻りになられたのですね」
「どう言う事だ」
「お帰りをお待ち申し上げておりました。我らが長」
「夜半。説明しろ」
噛み合わぬ会話に名を呼び強く問えば、笑みは崩さぬままに眼が細まった。
「私は留守居を任されただけに過ぎません。長は貴方様で御座います」
恭しく手を取り、屋敷内へ連れられる。
それに続いて他の皆も、各々の仕事に戻ったようであった。
変わらず、この男の思考は読み難い。
「さて、長旅でお疲れで御座いましょう。床を用意してあります故、お休み下さい」
「…まったく、末恐ろしい男よな」
呆れたように呟けば、深まる笑み。
本当に、この男は御し難い。
従順に見えて、その実我が強く。
されど、誰よりも信頼できる、血を分けた唯一の弟。
「戯れ言も程々になさって下さいませ。長の在るべき所は、ここ以外ないのですから」
幼子の癇癪を宥めるような、落ち着いた声音。
部屋に通され、そのまま床に寝かせられる事で、返す言葉を失くしてしまう。
「長は我々の姿を見、声を聞かねば深く眠る事も出来ないのでしょう?」
光を遮るように瞼に手を当てる男の声音は、変わらず優しい。
本当に、恐ろしい弟だ。
愚痴のような不満は、けれども今はこの手のひらと額に感じる熱に溶かして。
訪れる久方ぶりの微睡に、抵抗する気もなく身を任せた。
20240505 『耳を澄ますと』
5/5/2024, 12:49:19 PM