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「そのポケット、どうしたんですか」
 スタイリッシュなジャケットに似つかわしくない、パンパンに膨れたそこを指差して尋ねた。
 まるで、子どもが手当り次第に拾った小石を詰め込んだような光景。本当に似合わない。
 あ、いけない、若干笑みが抑えきれていないかもしれない。大目に見てほしい。
「ふふふ、実はね……じゃーん!」
 こちらの焦りに少しも気付いていない相手は、惜しげも無くこちらに笑顔を振り撒きながらポケットの中身を披露してくれた。
「キャンディだよ! 包み紙が可愛くてついね」
「わあ、たくさんありますねえ」
「迷いに迷って……全種類いっちゃった」
 一切の後悔を感じさせない口調がまた面白い。
 ころころと机に乗せられる色とりどりのキャンディに驚く。ひとつのポケットに入っていたとは思えない数だ。今、自分はこの飴玉と同じくらい目が丸くなっているかもしれないな、とどこか他人事みたいに考えていた。
「おひとつどうぞ。おすそ分け!」
「ええ、いいんですか?」
 弾む声につられて返事が上ずってしまったのはご愛嬌だ。そしてどの味にしようか決めきれない。全種類買ってしまうのも分かる気がした。
 悩むこちらを察してか、横からすっと伸びる手。相手が迷いなく取ったのは。
「じゃあ、オススメのこれをあげちゃう」
 濃い紫色の包み紙。ぶどう味。とびきりの綻ぶ顔に、心臓が跳ねた。
「甘酸っぱくて、すごくおいしいよ」
「あ、ありがとうございます……」
 他にも二、三個の飴玉を机に残して、ポケットに戻していくその手を、ただぼんやりと見ていることしかできなかった。
「それもよかったらどうぞ、じゃあまた!」
「はい、あの、いただきます」
 僅かにスリムになったポケットと共に去っていく後ろ姿を見送る自分は、一体どんな顔をしているだろう。
 手のひらに乗るぶどう味を見る。どうしよう。何だか、食べる前から甘酸っぱい気分になってしまった。
 
【カラフル】

5/2/2023, 7:21:57 AM