中宮雷火

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【ラストディナー】

横長の食卓はがらんとしていた。
何も置かれていない、真っ白なクロスがあるのみ。
白いタキシードを着た者が椅子に腰掛けると、
そこには、続々と料理という名の記憶が運ばれた。
これは、ある人の晩餐。

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【アミューズ】
あるサーカス団員がいた。
その人はいつもピエロの格好をしていた。
決して素の姿を見せない、正体不明のピエロ。
しかし、そのピエロに惚れた人がいた。
ピエロという「偶像」に惚れたのではない、
ピエロと言う「人」に惚れたのだ。

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【オードブル】
リルという女性がいた。
リルこそが、唯一ピエロに惚れた女性だ。
天涯孤独のピエロにとって、リルは太陽だったのだろう。
宝石を照らす太陽だった。
ピエロは孤独では無くなった。
しかし、ピエロはその事に何一つ気付いていなかった。

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【ポタージュ】
出会いはもう遠い昔のように感じる。
あの時、ピエロは演者、リルはたった10歳の観客だった。
見かけだけ良さげなテントの中、空元気な音楽に合わせてピエロは無言劇を行っていた。
白塗りの肌、大きな赤鼻、黄色い派手髪、大きなハット、緩くかしこまった服装、そして
目の下には青い雫。
彼はステージで一人動き回った。
ピエロは喋らない、動きで語る。
愉快で滑稽、いつもニコニコ。
リルはそんなところに惚れたのだろう。

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【ポワソン】
大人になったリルは仕事を求めていた。
とりあえず何でもいいから仕事が欲しいと思っていた。
そんな時に彼女に舞い込んだのは、サーカスのチケットを売る仕事だった。
幼い頃に観た、夢と希望がつまった場所。
リルは「これだ!」と思い、早速申し込んだ。
が、実際に行ってみるとそこは夢も希望も無い古びた小屋だった。
「何これ?本当にサーカスなの?」
リルは疑いながらも扉を叩き、無事に仕事を得たのだ。

リルはきっと気づいていないが、このサーカスはリルが幼い頃に観たサーカスだった。
記憶力の良いピエロはそれに気づいていた。
しかし、感慨深さを押し殺して黙々と練習に励むことしかできなかったのだ。
ピエロは人との接し方を知らなかったから。

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【ソルベ】
しばらくすれば、リルはサーカス団員と打ち解け始め、次第にピエロとも話すようになった。
「明日は晴れるといいね」
「好きな料理は何?」
他愛もない会話だったが、きっとお互い楽しんていた。
この絶妙な距離感が心地よかった。
リルはチケットを売る仕事だから公演中は暇で、舞台袖から公演を眺めていた。
ピエロの無言劇も、じっと眺めていた。
笑って楽しんでいた。
しかし、ピエロは無言劇が終わると笑顔を消して、愉快の「ゆ」の字も感じられない程のオーラを纏っていた。
毎公演そうだった。
リルはその光景を間近で観ていたから、本当に心配になってしまった。

「お疲れ様。はい、ドリンクよ」
リルはピエロを労ってドリンクを手渡した。
ピエロはそれを受け取り、美味しそうに飲むのだ。
リルが近づけばピエロはまた笑顔を取り戻すので、それがまた不気味だった。

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【ヴィヤンドゥ】
リルはピエロに恋をしていた。
それは端から見ても一目瞭然の恋。
いつもいつもピエロのことを眺めているのだから、バレバレだ。
しかし、ピエロはその好意に気づいていないのか、あるいは気づいているが無視しているのだろう。
何らいつもと変わらない笑顔、動作だった。
それでもリルは健気に愛情を注いだ。

しかし、ある冬の日。
ピエロの様子がおかしかった。
何か思い詰めたような顔をしていた。
そして、どこか覚悟を決めたような顔もしていた。
これにはリルだけでなく他の団員も心配し、皆が彼に声を掛けた。
「顔色が悪いぞ、今日は休みなさい」
しかし、ピエロはその優しさも振り切って、
舞台に立つことを選んだ。
皆が見守る舞台、リルも舞台袖から固唾をのんで見守っていた。
まさかピエロが倒れるのでは無いだろうかとハラハラしていたのだ。

結局、その日の公演も大成功で幕を閉じ、皆の心配は杞憂に終わった。
「お疲れ様、今日も素敵な劇だったわ」
リルはピエロにジュースを手渡した。
しかし、ピエロはそれを受け取らずに独りで外に出ていってしまった。

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【フロマージュ】
その日の公演が終わって暫くした後のこと。
「ピエロがいない」と大騒ぎになった。
どうやらどこにもいないらしいのだ。
リルはとてつもなく不安になってしまった。
そういえば、今日はずっと様子がおかしかった。
さっきだって、元気が無かったじゃない。
そしてそのまま外に……
そこでリルは気づいてしまった。
彼は外に出た。
なぜ?
この言葉の続きは、言いたくない。

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【デザート】
その後。
ピエロは崖の下で見つかった。
時既に遅し、頭から血を流して死んでいた。
あんなに運動神経の良いピエロが、崖の下から落ちて死ぬわけが無い。
しかも、あまり高くない崖なのに。
リルはショックを受け、暫く引きこもっていた。
涙が止まらない毎日だった。
なぜ死んでしまったのか。
それほど辛かったのだろう。
なぜ私はそれに気づけなかった?
飽きるほど自分を責め、哀しみに暮れた。
それからというものの、彼女はピエロの死を悼むために黒服を着るようになった。
赤や青、白などの色をした服は着なくなってしまった。
それは、リルがピエロに向けた哀情だった。

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白いタキシードを着た人は最後の一口を食べ終えると、途端に立ち上がって鏡を見た。
鏡に写るのは、白塗りの肌、大きな赤鼻、黄色い派手髪、大きなハット、緩くかしこまった服装、そして目の下には青い雫。
死んだピエロだった。
ピエロは涙を流していた。
大粒の涙を流す度に化粧が落ち、やがて本当の姿が見えてきた。
そこにはピエロでは無く一人の人間がいた。
愛を求めた一人の人間。
そして人間は今しがた気づいた。
リルは確かに愛情を注いでいた。
そして、自分がそれを上手く受け取ることができなかったことも。
孤独では無くなったと気づかず、死を選んだ。

人間は酷く後悔した。
ああ、もし今生きていれば、リルの愛情を素直に受け取ることが出来ていたのだろうか。
見終わった走馬灯達は、たくさんの想い出に変わっていたのだろうか。
人間は大きな後悔を背負い、食卓を去った。

11/18/2024, 12:48:21 PM