畳に仰向けに寝転がる。ふわりと立ち上る藺草の匂いに、ああ、夏が来たと思った。
【夏の匂いは青空まで染み込んで】
「おーい、おきてるー?」
鍵のかかっていない玄関の扉を開ける音。母の実家、ド田舎、夏休みにだけ会える君。麦わら帽子。隙間なく編まれた植物の、ぎゅっとした匂い。
「ほら、虫取り行くよ!」
「めっちゃ家の中入ってくるじゃん」
腕を掴まれる。肌の白い君が全身に塗っている、日焼け止めの匂い。
「え、見て、めっちゃおっきいクワガタいる! やったー!」
「ちょ、近い……」
テンション高く僕の肩に手を掛ける、君の汗の匂い。
――祖父母が相次いで亡くなり、あの場所に行く機会がなくなってからも、ずっと忘れられない夏。きっと、あちこちにビーズのように散りばめられた夏の匂いが、きらきらと輝くせいだ。
一度だけ、大人になってから一人であの場所に訪れて、知った。君は、お見合いで知り合ったどこかの家のなんとかって人に嫁いだんだって。
夏の影を振り切るように、あの日々を彩る匂いから距離を取る。住んでるアパートの床は全部フローリングだし、冷房の効いた室内で生活することがほとんどだから、麦わら帽子も日焼け止めもいらない。君の体から発される匂いなんて、もはや僕には縁遠いものだ。
――それでも、どうしてもあの日々を忘れられないのは、きっとこの突き抜けるような青空の匂いのせいだ。
7/2/2025, 1:52:04 AM