128.『美しい』『木枯らし』『閉ざされた日記』
近所の骨とう品屋で日記帳を買った。
その気品ある装丁は、少しも古さを感じられず、まるで新品のように美しい。
この日記帳に書き込めば、木枯らしが吹くような味気ない私の毎日も、きっと素晴らしいものになるように思えた。
「この日記帳なら、三日坊主の私も日記を書き続けれるはず」
私はその場で購入を決めた。
だが一つだけ誤算があった。
それはこれが骨とう品であるという事。
つまり、既に使用済みの物であり、新たに書き込むことは出来ないという事だ。
せっかくやる気になったのに、とんだ肩透かしだ。
「まあ、インテリアぐらいには使えるか」
そう思って、少しでも見栄えを良くしようと、汚れを柔らかな布で拭いていた時だった。
――――ドロロローン。
突然日記帳から煙が噴き出す。
驚いた私は、思わず本を放り出してしまう。
呆然とその様子を見つめていると、煙が晴れた先には見知らぬ人影があった。
「どうも、初めまして。
私、ランプの魔神ならぬ、日記帳の魔神です」
「日記帳の魔神!?」
私は思わず叫ぶ。
何が起こっているか分からないが、○○の魔神と言えば相場は決まっている。
私は興奮を抑えきれず、魔神に尋ねた。
「願い事を叶えてくれるんですか?」
「もちろん」
「やった!
じゃあ、じゃあですね――」
「ただし!」
魔神は私の言葉を遮った。
「願い事は一つだけ。
日記に関するものに限ります」
「ケチ」
「文句を言わないでください。
一つでも叶うだけ、運がいいんですよ」
「ま、そんなうまい話はないか」
私はそれ以上追求せず、考え事をする。
いったい何を願うべきか。
私は腕を組んで考える。
「純金のペンをください」
「ダメです。
日記を書くことに、純金である必要はありません」
「未来の私が書いた日記が浮かび上がる日記帳をください」
「ダメです。
それやるとタイムパラドックスとか大変なんです」
「じゃあ、考えるだけで自動的に書き込まれる日記帳ください」
「ダメです。
そんな便利なものはありません」
希望するものを悉く否定されてムッとする。
日記帳に関する願い事ばかり提案しているのに、この魔神、一向に首を縦に振らない。
「……じゃあ、何があるんですか?」
「日記を書き込むと登録した相手に届く」
「それメールで良くね?」
「悪いけど、私が叶えられる願いは、たいていテクノロジーの方が優秀」
「役に立たねえ」
私は失望のため息を吐いた。
「まあいいや。
なんか適当に書き味のいいボールペン下さい」
「はいよ」
「胸ポケットから出て来た……」
「それお勧め。
書き心地いいよ」
「これ、商店街で配ってるボールペンじゃん……」
商店街の名前がでかでかと入っている、ダサいボールペン。
見た目に反し、書き心地はいいので、地元民は文句を言いながらも愛用している。
たしかに魔神がおすすめするのも無理はないほとの逸品。
けれど、
「でもたくさん持っているんだよね……」
確かにいいボールペンだけど、何かにつけて配るので、腐るほど持っている。
なんだか損をした気分だ。
「いいものなんだけどなぁ……」
釈然としない思いでボールペンを見つめていると、魔神が玄関の方に向かって歩きだす。
「願いを叶えたので私は帰ります」
「帰りは歩きなのか……
って、ちょっと待って」
私は魔神を呼びとめる。
そして魔神が脇に抱えている『もの』を指さして言った。
「なんで私が買った日記帳を持っているの?」
チッと小さく舌打ちしたかと思うと、魔神はこちらに向き直った。
「単刀直入に言います。
これは私の日記帳です」
「はあ」
「泥棒に盗まれてしまいましてね。
あちこち探していたんですが、こうして見つかりました。
ご協力ありがとうございます」
「待て、あげるとは一言も――」
「失礼!」
魔神がそう叫ぶと、来た時と同じように煙が噴き出した。
驚いてひるんでいると、耳には玄関のドアが開く音。
まんまと逃げられてしまった。
「あのくそ野郎め」
思わず口から悪態が出る。
けっこうなお金を出して買ったものなのに、その対価がタダでもらえるボールペンとは……
全然釣り合わない!
百歩譲って、このボールペンと交換なのはいい。
でも、騙し打ちのような真似をして持っていくのは、誠意がないと罵られても仕方がない。
私は胸の奥に沸き上がる怒りを感じながら、本棚を漁る。
そこにあるのは、魔神に盗まれたものとは別の日記――去年の1月に買って、結局使わなかった未使用品。
私は長らく閉じられた日記を机の上に開き、今日あった出来事を書く。
書くことは、もちろん魔人のことだ。
「あの野郎、絶対に許さないからな」
魔神の人相、体型、鼻につくしやべりかたなど、まらゆる特徴を執念深く書き込んでいく。
自信はないが似顔絵も描いた。
これで奴の憎い顔を忘れることはないだろう。
商店街仕様のボールペンを持っていたということは、この辺りに住んでいる可能性が高い。
商店街に足繁く通えば、いつか必ず尻尾を掴めるはずだ。
「逃さないからな」
魔神を見つけるその日まで。
私はこの『復讐日記』を書き続けることを誓うのであった。
1/25/2026, 9:41:23 AM