【喪失感】
いつも仕事帰りに寄る、行きつけのバーカウンターに先客がいた。
先客は日本人離れした顔立ちで、薄い金色の少しウェーブのかかった男だった。歳は三十歳以上であるだろう雰囲気で、雑誌から飛び出して来たのではないかという程、端正な見た目をしている。ラフに着ているシャツも、彼が着ると、どこかのブランドかと思わせる。世の中見た目が全てをこれほどまでに憎んだことはない。
私はスーツの襟を緩めながら男の一つ隣に座った。一人掛け分の距離越しに男が、貴方も常連かい?と私に話しかける。
「雰囲気が慣れてそうだから、つい決めつけてしまったけど」
男の言うように、私もこのバーには何度も通っているのでそう、と肯定する。ここ落ち着くよね、カクテルも良いもの作ってくれるし、と男は自分の持っているグラスを少し傾ける。紺とピンクのグラデーションが綺麗なカクテルである。綺麗だな、と思わず私が呟くと、でしょう、と男は微笑む。薄く口先をあげるだけでも絵になるのは狡い。私はいつも頼むカクテルをカウンターへ注文をし、男に話しかけた。
「君のことを、どこかで見たことがある気がするんだが……気のせいだろうか」
「それ、ここのバーに来る人大体に言われる。雑誌モデルをやってるんだ」
「へぇ。どうりで」
顔が整っている訳だ。とは言わなかったが、内心で呟いておく。ここのバーに置ける「それ」は口説くも同然だからだ。波長やタイミングなどがあるのでおいそれと言うことは私の理に反する。
俺、もう暫くここには来ないつもりで来たんだ、と男はカクテルを眺めながら、うっとりと呟く。
「自分の身近に射止めたい人、見つけたから。だからここは今日で最後」
貴方も素敵な出会いがありますように、と男は私に向かって柔らかい微笑みを向けた。
生で見るそれは、ファンにとっては天に昇る程の幸福だろうが、今の私にとってはいきなり後ろから突き落とされるような心地だった。これは推測だが、男の手にしているカクテルは「射止めたい人」のイメージなのだろう。愛おしそうに見つめる視線が熱っぽいのは、決して気のせいではない。
私はありがとう、と、実る前に終わった一目惚れと決別し、カウンターにうんとアルコールの効いたカクテルを追加注文した。
9/10/2024, 12:18:42 PM