【赤い糸】
訪れる人々の願いに応じて、赤い糸を切ったり結んだりする。それが僕のお役目だ。社の賽銭箱の上に座り、一心に祈りを捧げる人々から伸びた糸を操り続ける。人の切れ間に小さく息を吐き出せば、軽やかな声が後ろから降ってきた。
「相変わらず忙しそうだね」
驚いて振り返れば、隣の敷地に住まう君がニコニコと微笑んでいた。音もなく現れるのは本当にやめてほしい。心臓がドキドキと跳ねて仕方がなかった。
「まあね。君のほうは……」
「相変わらずの開店休業中。まあ、楽で良いけどね」
もともとは僕の社も君のところとどっこいどっこいの閑古鳥の鳴き具合だったのだけれど、テレビで縁結びのご利益が絶大なんて紹介されてから、僕のほうにだけ参拝客が一気に増えた。連日の混雑具合に流石に疲れてくる。
ガヤガヤと人の話し声が聞こえてきた。また次の参拝客が訪れたようだ。君も気がついたのか、少しだけ同情を滲ませて瞳を細めた。
「頑張って、応援してる」
ぽんぽんと君の手が僕の頭を優しく撫でる。その温度に、頬に熱が集まった。瞬間、君はスッと何の未練も名残もなくその姿を消してしまう。邪魔にならないようにと自身の社へと戻ったらしい。
(本当に、君にとって僕は。『弟』みたいなものなんだな)
自分の手をそっと見下ろした。そこには何の糸も見えない。唇の端をきつく噛み締めた。
(自分自身の縁も結べないなんて、縁結びの神が聞いて呆れるよ)
この手に赤い糸があれば、今すぐにでもそれを君へと結びつけるのに。何百年と降り積もらせた一方的な恋慕の情を、諦めとともに腹の底へと呑み込んだ。
6/30/2023, 11:28:50 PM