中1の真冬の真夜中。
母と喧嘩して——お説教からいつもの理不尽サンドバッグくらって、私も『キレた』。
出て行きなさい! に、
出て行く! と威勢よく啖呵を切ったものの。
「この家にあるのはすべて私が買ったものなのだから、全部置いて行きなさい!」
と言われ。
羅生門の老婆のごとく着ていた部屋着も取られそうになって、暴れて何とか母の手から逃れて。
着のみ着のまま、家を飛び出した。
外は小雨、そして凄まじく風の強い夜だった。
行くあてなんて、どこにもなかった。
自宅マンションの非常階段を最上階まで上った。
施錠されていて屋上には出られないが、そこはエレベーターフロア前に扉が設けられていて、風は防げる。
そして、滅多に人が来ることはない。
母が仕事に出かける朝まで、ここにいれば良い——と考えたのだが。
寒さが大の苦手な私にとって、それは途轍もなくキツイことだった。
コンクリから伝わってくる底冷えに体中の熱が奪われ、歯がガチガチと鳴る。
階段を何度も昇り降りして、寒さを忘れようとした。
敷地内に小さい公園があって、トイレと手洗い所があったことは幸運だった。
トイレには何度も行く羽目になったし、手洗い所の水でうがいをすることで、何とか喉の乾きと空腹を凌げた。
……水を飲む勇気は持てなかった。
お腹壊したら、もっと体力が奪われて大変なことになっただろうから飲まずで正解だろうけれど。
寒さと疲れで、眠気も強く。
非常階段の最上階でうとうと眠っては、寒さで目覚める、その繰り返しだった。
だから。
屋上に通ずるドア上部の曇りガラスから、朝日が差し込んできたのを目にした時には。
心底、ホッとした。
指先の感覚がない足をひきずって、鉄のドアに身を寄せて、日の温かさを探った。
泣きそうになったよ。
……ああ、生き残れたんだ——
なんて、雪山で遭難した人みたいな感想をもらして。
実際。
朝日はじわじわとドアやコンクリを温めてくれて、太陽って凄いなと改めて思った。
通勤通学の慌ただしさを息を殺してやり過ごし。
9時過ぎに自宅へ戻ったら、両親は仕事を休んでいた。
「どこに行っていたの!」
と母に怒られそうになったけれど、父が止めてくれた。
寒かったから、ただひたすら歩いていた——ということにした。
……凍える場所だろうとも、身を潜められる場所は隠し通しておきたかったのだ。
親が学校には連絡を入れてくれて、休めることになった。
お風呂を済ませて。
自室からベランダに出ると風はやっぱり冷たくて、けれどお日様の力で昨夜ほどの猛威はなかった。
その風を浴びて。
真冬の夜の家出はやめよう、と私は心に誓った。
6/10/2024, 4:21:20 AM