moonlight
そこには、賑わう街並みが広がっていた
夜とは思えないほどに、すべてに活気がある
人の多さ、たくさんの足音、きらびやかな出店たち、輝かしい街頭、光を優しく反射するレンガの地面、そして家々の壁、真っ赤な屋根
まさしくお祭りのような夜がここにはあった
私は圧倒されていた
「こんばんは、オリーブ」
「わぁっ、バーミントさん」
この雑踏の中で私は、すぐ横に来るまでバーミントさんがいることに気づかなかった
アンガス•バーミント、この国一番の最強女剣士
私はそんな頼もしい先輩の誘いで、この場所に来ていた
「今日も賑わっているなぁ」
バーミントさんは周りの人の流れや出店を見回している
バーミントさんの横顔を見れば、街頭たちのスポットライトに照らされ、きれいだった
「私、はじめてなんですけど、いつもこんな感じなんですか」
「あぁ、月に一度この街はお祭りのように賑わう」
「みんな、笑顔ですね」
「そうだな、いいことだ、、では向かおうか」
そう言ってバーミントさんは先導し前を歩き出す
今日はこの夜に溶け込むような黒を基調とした美しいドレスを着こなすバーミントさん、うつくしい
「どうした?」
見惚れている私にバーミントさんは振り返った
「あっはい!」
私はバーミントさんのあとに続いた
「おぉーミンティー!ちょっと寄ってきな!」
「やぁひと月ぶりだな、ゲイル」
バーミントさんと左右に出店が広がるきらびやかな道を歩いて、目的地へと向かう途中、声をかけられた
バーミントさんが反応しているので、声をかけられたということだ
バーミントさんは人の流れと交差するように縫って、その店の前へ
私もその後をついていく
店の前に着くと、そこには身体が大きく、綺麗に整えられた白いヒゲを携えた褐色のおじさんの店主がいた
「ミンティー!久しぶり、今日はな、だんごっていうおいしいものがあるから食べていきな
「だんご?、聞き慣れない名だな」
このゲイルという人はあのバーミントさんのことをミンティーと呼んでいるようだ
ゲイルさんはあのアンガス•バーミントと理解しているのだろうかと疑問に思った
バーミントさんが戦場とは違い、町中では世を忍ぶミンティーという名で通している可能性がある
もしそうでなければ相当に仲の良い間柄なのだろう、羨ましい
そんなことを考えている間にも話は進む
「異国の食べ物だ、この前の防衛戦のおかげで滞りなく貿易が進み、流れ込んできた代物だぁ!」
「そうだったかぁ、それはよかった。では頂こうか、いくらだ」
「いやいや!そんなもんしまってくれ、言ったでしょ!防衛戦のおかげで来た代物だ、ウチらはミンティーに感謝してるんだ、タダで持っていってくれ」
知っている、この人はあのバーミントさんと知ってミンティーと呼んでいる
戦場とでは大違いである
「そうはいかない、商売なんだから利益が出ないと意味がないだろ」
そう言いながらバーミントさんは財布を持ったまま食い下がる
「いーんだぁいーんだぁ、それに今日は月に一度の特別な日なんだら、大丈夫だよ、なっ持ってきな」
「そうかぁ、なら甘えさせてもらって、ありがたくいただかせてもらう」
バーミントさんはたくさん並んでいる中から三色に彩られたものを手にした
その光景は不思議と美しかった
異国の食べ物だというそれは、まるで剣のようで棒に刺さっていた
しかし戦場で剣を握っているバーミントさんの姿と似ているようで、違った
バーミントさんはそれを子どものようなかわいい笑顔で見つめている
「ほらっそっちのお連れさんも食べてきな!おいしいよ」
「、、あっはい、ありがとうございます」
見惚れていた私は急に矛先を向けられて驚いた
そして私もバーミントさんにならい、三色のものを手にする
「なかなかにおいしかったな、だんごというものは」
「そうですね」
私たちは店をあとにして、目的地へと向かう道に戻った
そしてバーミントさんが少し前を歩く形で私たちは進む
雑踏を歩く中、私はふたつの疑問が頭の中にあったので、その一つをぶつけた
「バーミントさんはみなさんから慕われていて、すごいですね」
「この街の人たちは優しい人ばかりだ、私が守るこの美しい街を作っていることを、私は深く感謝している」
やはり私はこの人に強く憧れる
「すべて、バーミントさんのおかげですから」
「ははっ、君も慕ってくれるのか、ありがたい」
バーミントさんは横目で私を見る、かっこいい笑顔
「もしかしたらみんな今日という日に浮かれているだけかもな」
バーミントさんは微笑みながらそう付け加える
そうだ、私はもう一つの疑問をぶつける
「そういえば、今日は何の日なんですか」
バーミントさんや店主の言葉から今日はどうやら何か特別な日であることは理解した
しかしそれが私にはわからなかった
「あれ?言ってなかったか?」
「えっと、今日は舞台を観に行くんでしたよね」
人の波を縫うように進みながら私たちは会話を続ける
「そうだぁ、それだ」
「舞台って頻繁にしているものなのではないのですか?告知板でもよく目にしますし」
「あぁそういうことか、なるほど、私の説明不足だったな」
「いえいえ」
「普段この街のムーンライト教会では週に3回のペースで舞台が行われる、日の昇る時間にだ」
「…!」
私は気づいた、今は夜なのだ
「だが、月に一度夜にだけ開かれる舞台がある、今日はそれを見に来たんだ」
そういうことだったのかと納得する、、いやまた一つ疑問ができてしまった
「なぜ月に一度だけなのでしょうか?」
「ついたな」
そう会話をしているうちに目的地のムーンライト教会に着いた
そしてバーミントさんは私を見て、優しい笑顔で答える
「せっかくだから見てのお楽しみ、ということにしようか」
教会の扉をくぐると、なにも変わらない普通の教会だった
長い椅子が規則正しく並び、奥には少しせり上がった舞台がある
普段なら祭壇があるであろう場所はぽっかりと空いていた
そしてこの教会内は淡い明かりに照らされているだけで暗かった
私はバーミントさんと横並びになり座る
周りにはたくさんの人たちがすでにいて、みんな何かを待っている様子だ
私が一つ気になったことといえば、誰もバーミントさんがいることに反応しない
先程まで道を歩いているときは、たまにバーミントさんと気づき、何やら噂をしている人が複数人いたし、実際店主もわざわざ大きい声で呼びかけて話していた
そのときも周りは少しばかりザワザワしていた
それもそのはず、この国で一番の女騎士が町中を歩いていたらみんな噂するはずなのだ
しかし、この教会に入ってからは一度もない
そう考えていると袖から1人の女性が出てきて、舞台が始まった
「まもなく時間となります、みなさまご静観いただきますようお願いいたします」
そしてその女性が立ち去った直後だった
教会の少しせり上がった舞台の奥、そこには大きな丸い窓があった
そこに現れたのだった
大きい満月が顔を出した
少しずつせり上がってくるそれは
まるで舞台の始まりを告げるカウントダウンのようだった
「この教会は、建築士の人たちが緻密に作り上げ、正面の大窓や、そして横の小窓から毎月、満月の夜に綺麗にその光が差し込むように設計されているのだ」
バーミントさんは横から小声で告げてくれた
そして続ける
「だから、今日だけは教会には一切のロウソクなどの明かりを設置していないのだ」
言うまでもなく、それから行われた月下の舞台は美しいものだった
無事舞台が終わり、また暗くなった教会内では余韻に浸り未だに椅子に座ったままの人や足早に外の祭りに戻る人と分かれていた
そしてバーミントさんは余韻に浸りながら言った
「この戦時下の中、こうしてみなが一堂に介して、同じものを観て、同じように感激する。それを素晴らしく美しいと私は思う」
10/6/2025, 8:40:05 AM