「好きになってしまうじゃないか」
「今日はもう帰りなさい」
普段、口煩い先輩の声が、やたらと大きく聞こえた。
「いえ、まだ途中ですから」
「あとは私がやっておくから、家に帰りなさい」
どうやら俺の要領が悪く邪魔だから帰れというわけではないようだ。
「いいから帰りなさい」
先輩の口調はいつもと同じで鋭いが、眉は下がっている。
これは、残念な子、要らない子ってことか?
「わかりました……」
追い出されるように会社の外に出ると、ひんやりとした風が気持ち良かった。
※
「……ざんじゅうななどはちぶ」
昨晩、布団に入ってからの倦怠感と寒気、体の節々の痛みに嫌な予感はしていたのだ。
誰がどう見ても発熱しているという数値を表示している体温計をスマホで撮影し、送信。
俺の意識はそこで途切れ────
※
汗をかいた不快感に襲われ、瞼を開ける。
カーテンから漏れる光がない。
時間を確認しようとスマホに手を伸ばすと、一通のメッセージが届いていた。
玄関のドアノブに引っ掛けてあるビニール袋を回収。
スポーツドリンク、ゼリー飲料、常温保存できるタイプのゼリー、のど飴、額に貼る冷却シートと汗拭きシート……
そして、その一番下にメモが入っていることに気がついた。
「あーもう……こんなこと書かれたら……」
一昔前のトレンディードラマに出てきそうな、いかにもキャリアウーマンという風貌をしている先輩。
彼女は見た目通り、他人にも厳しい。
その先輩が、昨日やたらと早く帰れと言っていたのは、俺の不調に本人よりも早く気づいたからだろう。
たとえそれが、後輩に対する先輩の『当たり前』の行動だったとしても、こんなの……
ぶるぶると首を振る。
いやいや、風邪で思考がおかしくなってるだけだ。
俺はすべてを熱のせいにした。
それが間違いであると気づくのは、まだまだ先の話──
────風邪
12/17/2024, 7:31:18 AM