にえ

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お題『世界の終わりに君と』

「……フェネス……?」
 まだ早朝のこと。朝風呂の支度をするためにベッドから降りた俺のパジャマの裾を掴んだ主様は、眼に涙を浮かべていた。
「どうされたのですか、主様?」
 向かい合い、親指で眦を拭えばそのまま泣きながら胸に飛び込んできた。
「フェネス、フェネスぅ……行っちゃヤダ……」
「主様。俺はここにいますよ」
 まぁるい頭を撫でて背中を摩っているうちに落ち着きを取り戻したらしい。すんすん鼻を鳴らしながら俺の首根っこにしがみついてきた。
「あのね、ちきゅうが終わっちゃうゆめを見たの……」
 言いながら思い出してしまったらしく、しがみつく腕に力がこもる。
「それで、フェネスとにげるんだけど、フェネスがまいごになって、私、探したんだけど見つけられなくて」
「そうだったのですね。夢の中の俺は主様を残して迷子になってしまったのですね……でも、俺は迷子になることなくここにいます。それに、地球も終わらないです」
「ほんとに……?」
 首に回された腕が解け、真っ赤な瞳が俺の顔を見上げてきた。
「本当です。
 あ、そうだ。もし主様がよろしければ、俺の仕事ぶりをご覧になりますか?」
 悲しんでいる主様を放ってはおけないし、かと言って担当の入浴補助を放ったらかしにするわけにもいかなくて、折衷案を持ちかけた。
「おしごとしてるフェネス……見ていいの?」
 悪夢から意識が上手いこと逸れたらしく、ようやく涙が引っ込んでくれた。
 そこにノックの音が。
「主様、失礼します。お召し替えのお時間です」
 衣装担当のフルーレの声だ。主様は「うん、いいよ!」と元気よくお返事をされた。
「おはようございます、主様……あれ? 泣いてしまったのですか?」
「な……いて、ないもん」
 図星を刺されて恥ずかしいのか、今度はむくれてしまう。
「ちょっとあくびをしただけでしたよね。ね、主様?」
 助け船を出せば頷いて今度は満面の笑みを作った。
 ころころと表情を変える様子はまだまだあどけなくて可愛らしい。もしこの世界に終わりが来ても、主様の手を放せる気はさらさら起こりそうもない。

6/7/2023, 10:45:32 AM