撫子

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 明日、私は“大人”になる。
 
「子供は13歳になると、指定のサナギセンターに行き、そこで処置をしてもらうことで、大人になることができます。処置といっても、あなた方はカプセルの中でしばらく眠るだけですので、何も怖くはありません。それよりも、明日大人になった皆さんは、それまで出来なかった様々なことが出来るようになるのですよ。本当におめでとう」

 担任教師の言葉は、今更言われずとも誰だって知っていることだ。
 先週の授業でも『大人になったら』というテーマで作文を書いた。今教室の後ろに貼られているクラスメイトの作文には、見るまでもなく、“大人”になる喜びや誇らしさ、抱負などが書き連ねられていることだろう。
 私は異端なのだ。
 誤解しないでほしいのだが、別に大人になりたくないわけではない。ただ、子供でいられなくなるのが、もっと正確に言えば、いまの私ではなくなるのがたまらなく嫌だ。
 カプセルに入ってコードに繋がれ、次に目を覚ましたとき、本当に私のままでいられるのか分からない。誰も教えてくれない。大人とは本当に、子供の延長線上にある存在なのだろうか。
 何かを忘れている気はするのに、自分が何を忘れてしまったのか分からない時の、あんな黒く濁ったモヤモヤに苛まれるのが怖い。
 大人になりたくないんじゃない。全くの別物になっていると気付かずに生きるとしたら、そんなおぞましいことはない。
 だから、お願いします。子供の私を、どうか殺さないでください。

(子供のままで)

5/12/2023, 2:47:53 PM