カレンダー制作も無事終わり、学園祭の日がやってきた。
もちろん先生を誘ったが、大学の用事があって来られないらしい。残念だが、仕方がない。
しかし問題は藤江くんである。やたらと私にくっついて行動する。先生がいれば、彼から離れる言い訳にもできたのに。
クラスでの義務を果たしたら、後は自由時間。他のクラスや部活動の展示を見て回る。
藤江くんはずっと私についてきて、ニコニコと機嫌良くしていた。自分の興味ある展示を見に行けばいいのにと言ったら、「僕の興味は君に向いてるんだよ」と返された。
結局1日中彼と一緒に過ごした私は、先生への罪悪感でいっぱいになっていた。
対して藤江くんは1ミリも気にする様子がなく、販売されていたオリジナルカレンダーを意気揚々と購入していた。
「クラス用のがあるのに、わざわざ買うの?」
「もちろん! 君の可愛い姿を家でも拝めるじゃないか」
「もう……」
ここまで人に好かれるなんて、めったにないことだ。有り難がるべきなのかもしれない。しかし私にとっては、先生が優先だ。あの人を傷つける可能性のある行動は避けたい。
なんて考えていたら、救いの手を差し伸べる者が現れた。
「岡野、藤江!」
「あ、颯人先輩」
廊下で偶然会った先輩が声をかけてきた。
「お前ら2人で回ってんのか。俺のクラスはもう行ったか?」
「はい、先輩はいませんでしたが」
「ええ、残念でした。先輩のメイド服姿が見られなくて」
颯人先輩のクラスはメイド喫茶を開いていた。しかしメイド服を着ていたのは全員男子生徒だったのだ。
「あんなの着てたまるかよ。水泳部のほうに呼ばれてるって言って断った」
「え、ずるい……水泳部は展示だけだからあまり人いらないのに」
「いいんだよ、俺が着たところでどうせ似合わねぇし」
水泳部を出汁に使った先輩に非難の目を向けていると、藤江くんがとんでもないことを言い出した。
「たしかに、あれが似合う男子なんて相当な美形だけでしょうからね。煌時くんくらいの」
「ちょっと、藤江くん!?」
先輩に失礼だし、私の名を引き合いに出されても困るって。
「そうだ、衣装貸してもらえないんですか? 煌時くんに着せて写真撮りたいです」
「藤江くん、やめてよ!」
暴走する藤江くんと、必死に止める私。そんな我々を見て、先輩は何かを察したらしかった。
「まぁ、2人ともその気なら貸さんでもないが、岡野が嫌なら駄目だな。藤江、本人が嫌がってることはしてやるなよ」
「先輩! ありがとうございます!」
「ちぇ」
藤江くんはわかりやすく口を尖らせた。
「じゃ、俺そろそろ行くわ」
「あ、はい。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
先輩を見送って歩き出そうとした時、藤江くんが「あっ」と言って立ち止まった。
「ちょっと待ってて!」
「え、うん」
すでに廊下の先の方まで歩いて行った先輩を追いかけ、何やら話しかけている。
この隙に逃げようかとも思ったが、それは流石に酷い気がして待った。藤江くんはすぐに戻ってきた。
「行こう」
「うん」
何の話をしていたのか気にはなったが、訊いてもはぐらかされるような気がして、訊かなかった。
後輩2人と廊下で立ち話。切り上げて去ろうとしたら、1人が追いかけてきた。
「先輩!」
「ん? 何か用か」
「さっきの発言が気になって。煌時くんのこと、かなり気にかけてるみたいですね」
「いや、そんなことねぇけど」
「本当に?」
何だか目が怖い。やっぱりこいつ……。
「何が言いたいんだ」
「僕は負けないってことです。たとえあなたが相手でも」
じゃ、そういうことで。
奴はそう言い残して走って行った。
岡野、食えない奴に好かれたもんだな。
別れ際、先輩を睨みつけるような男に気に入られた後輩のことが、少し可哀想に思えた。
テーマ「別れ際に」
9/29/2024, 10:01:16 AM