椋 ーmukuー

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散る。チル。Chill。音楽を掛け流した部屋が溶けていく。左から右に聴き流してるだけのくせに音にノッてるように体を揺らした。
右手から1本、煙草に見立てたココアシガレットを取り出して咥える。

「人生一度はイキりたい時があるもんだ」

従兄弟の兄さんはそう言って目の前で煙をひとつ、ふーっと吐き出した。別にイキりたい訳じゃなくて、短い人生の中の娯楽に並ぶ楽しみを探してんじゃないの、本当は。ガリッと一口噛み砕いた破片は口の中に広がる。

「甘ったる」

呟いた声は同期した音にかき消された。他の誰もいない狭い自分だけの空間であることを確認してから、ふーっとひと息、大人の真似事をする。

「馬鹿くさ」

また一言呟いて薬の箱をゴミ箱に突っ込んだ。咥えたココアシガレットも机の上に投げつけてベッドに潜り込む。目を閉じるとそのまま深い深い眠りへ落ちた。

憧れであり、心地良いネオン街。子どもは立ち入ることが出来ないようなアダルトな雰囲気と堕落しきった大人達。そんな中で見覚えのある一匹の犬が迷い込んできた。その犬は迷う事なく近づいてくる。

「クロ…もう会えないかと思った」

もっと幼い頃に亡くなった相棒だった。強く強く抱きしめて少しの間だけ涙を流した。泣きやんだ事をしかと確かめるとクロは夜の空へ連れ出してくれた。

外国の洒落たストリートに夜景が輝く都会の穴場。そしてクロと無数の星が散らばる夜空を家の庭で眺めた。いつぶりか思い出せないほどの温もりがまた涙腺を緩ませる。

「このままクロんとこ、連れてってよ」

目頭が熱くなったのが自分でもわかった。時間だ、とでも言うように立ち上がってペロリとひとつ、頬を伝った涙を舐める。クロはそのまま闇夜に姿を消した。

目を覚ますと、いつもの見慣れた天井がぼやけて映った。

「はは………また死ねなかったのか」

一度だけ振り返ったクロは確かに

『まだこちらに来てはいけない』

と語りかけていた。

「もう疲れたんだってば」

呟いた声はまた音にかき消されて、君と飛び立てなかった自分が悔しくてたまらなかった。

題材「君と飛び立つ」

8/21/2025, 12:17:53 PM