朝日が登るころ、女は海にいた。
家の前はすぐに砂浜になっており、小さないすとポットを持って、サンダルのままサクサクと波打ち際まで歩いていく。
まっさらな生まれたての砂浜に、女のつけた足あとだけが刻まれている。なにかの秘密の暗号みたいに。
鳥たちの鳴き声が、朝の張りつめた空気の中に響きわたり、そのはるか上をゆうゆうと鳶が旋回している。
女はいすを置いて座り、熱いコーヒーをポットからカップに注いだ。少し肌寒い朝で、手をカップで温めながら上がってくる湯気を吸い込みつつ、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
朝日が徐々に辺りを照らし始める。
光が波に反射して輝き、薄く漂う雲は赤や紫、黄金色に照らされていた。
女の顔も身体も、東雲の空の色に染まっていた。砂浜や小さな蟹や石も、その空間すべてが。
女の内には闇があった。
それは女から女へと代々受け継がれ続けられた闇であった。
人は皆闇から出でてくるものであるが、この世に落ちた瞬間、光を受けると闇も闇として存在しはじめ、それを恐れはじめる。
だが、女の内にはそうした闇が生き続けた。子宮という混沌を抱えて。
生命の循環は、太古の時代から「母―娘」のつながりによって保たれてきたのだ。
だが、女はその闇を忌々しく思っていた。
自分もあの男のように闇なぞ、自らとは関係がないような顔をして生きていたかった。心底、闇を憎悪してみたかった。
しかしその男もまた、女の内の闇にひかれてくるのだ。
炎に群がる哀れな蛾のように。
女は闇を内に隠し、平気な顔をして生きている。
そして男を受け入れ、やさしく暗闇で包みこんでやった。
太陽はますます強く辺りを照らし始め、女はますます美しく輝いていた。
10/29/2024, 2:39:54 AM