処分できないままの合い鍵を差し込む前にハンドルを動かすと、がちゃりと音がしてドアが開いた。
――やっぱり、今日も来てるのか。
「……今日は寒いから風邪引くぞ」
物のほとんどないワンルームの部屋で、窓辺に座り込む彼女に声をかけるが、いつも通り反応はない。仕方なく持参した羽織りものを肩にかける。
窓の外を彩るものはなにもない。敢えて言うなら向かいの一軒家から漏れる光が見えるくらい。
「見えるもんなんか、なにもないだろ」
わかっている。彼女はもはや現実を見ていない。
兄が亡くなってからまだ一ヶ月だ。結婚の約束までしていた彼女を癒すには、時間が足りない。
『俺が死んだら、すまないけど彼女のことを守ってやってくれ』
死期を悟った兄の遺言みたいなものだった。
だけど正直、無理だと思う。
このひとは、兄を愛しすぎて、囚われたまま、動く気配がない。
かける言葉がいつも見つからなくて、できることは隣に腰掛けて、彼女の生きている証拠を少しでも感じ続けることだけ。
弱々しい、鼻をすする音が聞こえてきた。兄が亡くなった瞬間を思い出しているのか、見たくない現実に押しつぶされようとしているのか、状況はわからない。
「どうすりゃいいんだよ……オレだって、もうわかんねえよ」
兄の宝物だったこの人をなんとかしてあげたい気持ちはある。でも、気持ちだけじゃどうにもならない。
地面を叩く音に気づいて立ち上がり、外を確認する。どうやら雨が降ってきたようだ。そういえば通り雨があるかもしれないと予報があったっけ。
――ほんとうに、雨は止むのだろうか。その役目は、ほんとうにオレしかいないんだろうか。
強くなる雨足を、ただ見上げるしかできなかった。
お題:いつまでも降り止まない、雨
5/26/2023, 2:40:06 AM