テーマ『はじめまして』
「はじめまして。私《わたくし》、こういう者です」
そう言って貼り付けた笑みを浮かべて名刺を差し出す女は、正直に言えばあまりにも胡散臭かった。
「公民館に幽霊が出る」
そんな噂が流れ始めたのは一ヶ月ほど前。あまり使われていない部屋に子供の霊が出るとか、ラップ音がするだとか助けを求める声が聞こえるとか、まぁありきたりな怪談だ。
俺自身は全く信じてなかったし見たこともなかったが、噂を面白がってやってくる子供がいたり、逆に怖がってなんとかしてほしいと連絡してくるお年寄りがいたりする。公民館の職員としては「放っておけばそのうち噂も収まるだろう」と適当に流したかったが、意外とこういうのを信じるタイプだった館長が霊能者を呼んでしまった。しかも本来なら他の職員が対応するはずが、そいつが今日になって風邪で休んだせいで俺に回ってきた。心底面倒くさい。
極めつけには来た"自称"霊能者だ。黒い着物を着て、数珠やら怪しげなお札やらを手に持つ姿は「胡散臭い」としか言いようがなかった。
噂となっている部屋まで案内すれば、女は「これはまた……」と意味ありげに呟いて入る。どうせ演技だろう。
女は部屋に盛り塩をしたり、お札のようなものを貼ったりブツブツとお経じみたことを言ったりとよく分からないことをしていた。別に邪魔をするつもりもないし、かと言って放置して他の仕事をするわけにもいかないので、俺は廊下でただ待っていた。本でも持ってくればよかったな。
30分くらい経ってから、「終わりましたよ。これで怪異はもう起こりません」と少し疲れた様子の女が部屋から出てきた。
「そうですか。ありがとうございます」
定型句を言いながら部屋を覗けば、特に何も変わっていなかった。
やっぱり詐欺だったのでは。そう思ったが、女が帰ってから噂はぱったりとおさまった。それはもう、不気味なくらいに。
4/1/2025, 11:03:30 AM