すっきりしない。
5つは多すぎる。指にしても四肢にしても。
五体満足なんて、多すぎる。
左手を固定する。
指を開いて、中指をピンと伸ばす。
右手にほっそりとした小刀を握る。
側では、縫合針を用意した医師見習いが立ち会っている。
部屋の出入り口付近では、途方に暮れた顔で、何人かが立ち尽くしている。
どいつもこいつも、顔色が「どうすればいいの?」と訴えている。
医師見習いも、この部屋にたまたま居合わせた面々も。
途方に暮れている。
まるで、平和な時分の私のようだ。
欲望を叶える手段が見えずにただただ日常を過ごしていた、あの私のようだ。
夢を夢として叶えるには、努力や執念が必要だが、欲望として叶えるには、ただ時勢が合う運と欲望に見合うほどの金があればいい。
夢なんて綺麗な言葉では到底語れない欲望が、私にはあった。
生まれながら。
私は、欠けたものが好きだった。
何も欠けていない、完璧なものなどつまらない。
欠けてもなお、五体を持つものと変わらず、それ以上に輝いて生活を送るものが、何よりも好きだった。
そして、そんなものに憧れてもいた。
壮健に肉の盛り上がった二つの腕や、なめらかな肌を晒してしなやかに伸びる二本の足や、距離感を確実に捉えようと精悍に輝く眼などは、私に言わせれば、魅力を持ちえなかった。
切り捨てられた肉塊とその肉塊の離れた丸みの帯びた切腕や、ひょっこりとアンバランスな足や、見えない片目とそれを補うように深く鋭く射る眼光こそが、私を惹きつけた。
罪深いと自分でも思う。
どうすればいいの?
自分の好きを整理して理解した私の頭に、その言葉は渦巻いた。
どうしろというの?
この悍ましい癖を、世間は許さないし、私も、その欲望のためだけに自分のこれからを犠牲にはできない。
この衝動が、認められ、理解されて満たされることなどないのだ。
そんな諦めが、戸惑いと共に私を満たしていた。
しかし、時勢がそれを変えた。
内政が乱れきったこの国を、攻める国が現れた。
平和と秩序は崩れ去り、軍靴の足音が国中に響き渡る。
内患に付け入る外憂が、平和を断ち切った。
思うに、ぬるいぬるいぬるま湯に浸かりきって、平和ボケした国家が戦争に踏み込むという時勢は、アポカリプスやらこの世の終わりやらという時勢ではない。
私のような罪深い異常癖を持つケダモノたちための時勢なのだ。
私たちの時代の訪れなのだ。
国家規模の諍いや混乱は時に、破壊行為や暴力行為に錦の旗を掲げてくれる。
それは、異常な癖を持ち合わせるケダモノのような人間に正当性を与えてくれる。
加虐嗜好者は、敵を満足いくまでいたぶり、破壊愛好家は、片っ端から破壊をこなして金を得る。
殺人愛好家は嬉々として軍隊に与し、過激思想の仕切り屋は、政治の中で台頭する。
生まれ乍らの狂人は、ケダモノとなって欲望を叶え、正常から狂人が生み出され、狂人としてケダモノとしての欲望を叶え、やがてこの時勢を埋め尽くす。
眺めて楽しめ、切って楽しめ、切られて楽しめ。
平時こそ珍しいそれも、泥沼の戦場では当たり前のことだ。恐ろしいことに。
私は欠けていることに憧れていた。
欠けてもなお、優秀に不断に生きることを憧れていたし、望んでもいた。
私の中にある、強い欲望だった。
そして、叶えられる絶好の機会が降ってきた。
だから私は、手始めに指を切ることにしたのだ。
指一本から始めて、いずれは腕と足を一本ずつ切断する。
私がなりたい姿になるために。
ファッションとして、私は私を切り落とすのだ。
そしてなるのだ。
満ち足りた欠けたケダモノに。
どうすればいいの?
まだ正常寄りの周囲のものたちは、そんな戸惑いを隠そうとしない。
当たり前だ。
どうすればいいの?この乱れた世界で、そんな疑問を持てるのは新入りだけで、まだ正常な人間であるものだけだ。
どうすればいいの?と考える必要のないものたちは、もうケダモノで、このケダモノのための世界では、忙しく立ち働いている。
今更、こんな歩兵舎のありふれたケダモノ一人に構っている暇などないのだ。
まだ人間であるものたちを傍目に、私は小刀を握り直す。
ピンと指を伸ばし、徐に右腕を振り上げる。
私は成るのだ。
理想の私に。
柔らかな肉を割いて、艶やかな赤い飛沫が舞った。
一気に刃物をこき下ろす。
指は弾き飛んだ。焼けるような痛さの中に、真ん中がスカッと空いた左手がそこにあった。
右手に、小刀を下ろし切った感触が残った。
存外、骨は手堅かった。
11/21/2024, 2:15:59 PM