お題『ぬるい炭酸と無口な君』
「あー!」
彼の骨ばった手の中にある、汗をかいたラムネを見て、思わず声が出た。彼は前かがみだった体を起こして、私を捉える。
「いーもんもってるね。」なんて茶化せば、彼は「欲しいのか。」と問うてきた。
「ううん、本当にいいもの持ってるなと思っただけだよ。」
石畳の階段に腰掛けて、どうぞ続けて飲んで。と少し手を差し出す。
「そうか。」
私の動作を見届けてから、彼はラムネの瓶に口をつけた。
相変わらず無口なやつだなあ、と思う。こちらから言葉を綴らなくては、会話がない。かと思えば、唐突に言葉を紡ぐこともあって、全く面白い男だなと思う。
「美味しい?」
「ああ。」
続かない。
「なんだか随分その子は汗をかいてるけど。」
というか、炭酸のはずなのに、浮き上がる泡がやけに少ない気がする。
「炭酸、抜けてね?」
彼は私の言葉に少し首を傾げ、瓶の底の方から、光をかざしつつ覗いた。それから一口、くいっと飲む。形の良い唇をスっと離すその動作さえ、少し見惚れる。まるで、映画を見ているようだ。
すると彼は真顔のまま口を開いた。
「本当だな」
蝉の大合唱が間を取り持つ。
「…ただの砂糖水飲んでたって…コト!?」
なんで!!!???と思わず仰け反って笑った。
「さっき口つけてなかった!!!???」
「気が付かなかった。」
「おもしれー男…………。」
ひとしきり笑ってから、「あー…笑ったな」と呟く。
「何か考えてたの?」
「ああ。少し」
「なら仕方ないな〜。」
そう返せば、彼は再度じっとこちらを見た。私も不思議に思って見つめ返す。蝉の合唱が少し静かになり、前髪を風が撫でていった。
「お前のことを。」
「私?」
なんで?と言いながら、乱れた髪の毛を少し払って耳にかけた。それ以降、彼は言葉を返してくれなかった。ただ、じっと私を見つめて、それからふっと目を離してしまったのだった。
8/3/2025, 11:24:31 AM