シャイロック

Open App

手を繋いで

 うちによく来ていた大工さんがいた。古いお付き合いで、ご近所だったし、お互いの家にお茶を飲みに行ったり来たりの仲だった。義母が生きていた頃は、その流れで「裏の雨樋が外れかけてるの」などと言うと、さっそく来て直してくれたりしていて重宝だった。その代わり、季節の果物や、到来物のお菓子を持って行ったりして、良い関係だったと思う。
 その人が癌になり、奥様も他界して、お茶の行き来が少なくなったある日、ちょっと買い物に出たら、その大工さんが道端で立ち止まっていた。
「◯◯さん、どうしたの?」
「体のためと思って、毎日散歩してるんだけど、なんだか疲れちゃってさ、足が前に出ないんだよ」
「あら、そんなら、私がお宅まで送るよ。掴まって!」
私が手を差し出すと、はじめは照れたのか「いいよぉ」と言っていたが、その手を引っ張って立ち上がらせると、そのまま手を繋いだ。
 そこから大工さんの家まで、せいぜい100mぐらいだったと思うが、ひどく時間がかかった。足元がおぼつかなく、よろけるのを支えながら家に辿り着いた。
 「いやぁ助かったよ。ありがとうよ」
「いいよ。また手を繋いで散歩に付き合うよ」
「あはは、そうかい?頼むよ」
帰り道、私は肩や腕に痛みを覚えた。大工さんは相当な力でしがみついていたらしく、それを支えて歩いて、筋肉痛になったらしい。

 彼は、それから数ヶ月後に亡くなった。2回目に手を繋ぐ機会はなかった。

12/10/2024, 6:20:47 AM