G14(3日に一度更新)

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『どこまでも』『lalala goodbye』『梨』


 とあるマンションの一室、深夜のこと。
 暗い室内に、二つの影があった。
 一つはこの部屋の主である女、もう一つは可愛らしい西洋人形だ。

 人形は、きれいな服ドレスに身を包まれ、とても大事に扱われていることが見て取れる。 
 だが、その可憐な服装に裏腹に、その顔は憎悪に満ちていた。
 人形は、呪いの人形――『メリーさん』なのだ!

 電話を取ったら最後、どこまでも追いかけてくる怪異だ。
 部屋の主もメリーさんの標的となり、背後を取られていた。
 まさに絶体絶命!
 だが――

「また逃げられた!」
 メリーさんは、吐き捨てながら部屋の主を蹴飛ばす。
 すると、なんということか、頭がポロリと取れた。
 しかしそれは作り物の頭……
 この人影は人間ではなくマネキンだったのだ。
 嘲笑うかのようなイタズラに、メリーさんは怒り心頭だった。

「せっかくここまで追い詰めたのに!」
 メリーさんは、悔しそうに地団駄を踏む。
 顔に悔しさがにじみ出る。
 こうして逃がしてしまうのは初めてではない。

 3週間前のこと。
 標的と定めた女に電話をかけ、お決まりのセリフを告げる。

「私メリーさん。
 今からあなたのおうちに行くわ」
 いつもなら、電話相手はメリーさんに狙われた恐怖にむせび泣く。
 メリーさんは、人間の泣き声を聞くのが好きだった。
 特に女性の泣き声はお気に入りで、メリーさんは好んで女を狙っていた……
 だが、この女は違った。

「Catch me if you can(出来るものなら捕まえてみろ)」
 そしてメリーさんは、女を取り逃がした……

 しかし、一回の失敗であきらめるメリーさんではない。
 すぐさま気持ちを切り替えて、この女を追いかけた。
 だが、その次もまんまと逃げられてしまう。

 いつ行ってももぬけの殻。
 そこには、メリーさんをおちょくるように、何かしらのイタズラが用意されていた。
 時に『差し入れ』と書かれた紙切れとともに梨を置いてあることもある。

 最初は舐めてかかったメリーさんも、さすがにおかしいことに気づく。
 そこでメリーさんは、女の素性を調べることにした。

 そしてメリーさんは仰天した。
 女は、巷を騒がせる怪盗だったのだ。
 ルパンの再来とまで言わしめる怪盗、それならば逃げ足の速さも納得がいく。

 しかし、逃がしたままでいいかは別問題。
 このままでは自身の沽券に関わるとメリーさんは全力で追跡するが、結果はご覧の通り。
 本気を出したメリーさんですら、女はあっさりと、逃げおおせてしまうのだった。

 隙のないメリーさんですら、手も足も出ない女。
 その事実にメリーさんは絶望――はしていなかった。
 メリーさんには秘策があったのだ。


 女は怪盗である。
 それも予告状を出すタイプの。

 ならば先回りして後ろを取ればいい。
 メリーさんの流儀に反する行為であるが、それよりも逃がし続けるほうが問題だった。
 メリーさんは手段を選ばず、女を捕まえることにしたのだ


 数日後、予告状に記された現場にメリーさんは駆けつけた。
 怪盗の標的は、美術館で飾られる高価な絵画。
 メリーさんは、その隣で待ち伏せすることにした。

 周りには怪盗を捕まえようと警戒している警察がウロウロしていたが、メリーさんには気づかない。
 警察が来る前から、歴史あるアンティークドールのフリをしていたからだ。
 今のところ、警察はメリーさんのことを不審に思ってはいない。
 メリーさんは心の中でほくそ笑みながら、女の来訪を待つのだった。


 そして犯行時刻。
 突如、室内にガスが噴き出し、警察が倒れ始める。
 睡眠ガスだ。
 倒れた警察はスースーと寝息を立て始め、警備員全員がガスに倒れる。

 次々と警察官が倒れる中、1人だけ立っているものがいた。
 ガスマスクを付けた女――怪盗だ。

 倒れた警察官には目もくれず、怪盗はゆっくりと、標的の絵に向かって歩いていく。
 メリーさんは、ただの人形のフリをしてその様子をずっと見ていた。
 狙いは、後ろに立つ最高のタイミング。
 決して悟られぬように、怪盗の動きを注視していた。
 しかし――

「え?」
 メリーさんは突如浮遊感に襲われる。
 動揺するまもなくメリーさんは、袋に詰められ身動きが取れなくなる。
 

「メリーさん、ゲットだぜ」
 その時、メリーさんはようやく気づいた。
 怪盗の真の標的は自分であったと……

「フフフ、いっぱい着せ替えしちゃうぞ〜」
「あ~れ~」

 その晩、高笑いしながら去っていく怪盗が目撃された。
 だが何も取らず去っていく怪盗に、関係者の誰もが首を傾げるばかりだった。

 
 それ以降、怪盗の予告状には、「本日のお人形」とでも言うかのように、毎回違う服を着せられた人形の写真が添付されるようになった。

 『この怪盗の行為には何の意味があるのか?』
 『他にも人形ならたくさんあるだろうに、なぜ恐ろしい表情の人形を使うのか?』
 『ていうか、最近は写真を送って来るばかりで、何も盗もうとしない』

 この問題は、関係者たちを大いに悩ませ、混沌の渦に巻き込むのであった。

10/19/2025, 11:48:45 AM