何もいらない
出来立てのブラックコーヒーを片手に、頭上からミルクを注いでいるマスターを横目に、パソコンに向かう。
アンティークのレコードをいまだに愛用しているようなこだわりの強い店内には、聞き慣れた、知らない音楽が流れていた。
あくびを一つ。午後の白い日差しは暖かく、ステンドグラスの色を机に映している。
焙煎された豆の香りが心地良い。
「パナマ・ゲイシャ、飲んでみるかい?」
低い声が聞こえた。上を向くと、カウンターからマスターがこちらを見ていた。
「芸者?」
「コーヒー豆の種類ですよ。ゲイシャ自体はもっと他の国でも作られていますが、これはパナマの風土で育った貴重な奴です」
後ろのカウンターから瓶を取り出し、嬉しそうにパッケージを見せてくれる。
「高いでしょう?」
「高いよ」
「でもせっかくだし、んー。それをお願いします」
「……焙煎に時間がかかりますが、よろしいでしょうか」
「大丈夫、待ってます」
コーヒーが出来上がるのを待つ。
一度だけ、大きく上に伸びをした。
今日の仕事はもう全て終わらせた。満足感を感じながら、小腹が空いてきたので、フードメニューを開いてみる。
やがてコーヒーが運ばれてくる。
コーヒーの酸味にはまだ慣れない。
4/21/2026, 4:42:27 AM