かたいなか

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「『イタリア風と和風のパスタ』、『ロシアンルーレット風とハロウィン風のいたずら』、『シェフの気まぐれ風と鶏のステーキ』。
言葉を追加すれば、いくらでも改変は可能よな」
は、バレンタインネタに取っておくのも面白いな。 某所在住物書きはスマホの過去投稿分を確認しながら、ぽつり、ぽつり。
似たお題を書いた記憶があるのだ。
あれは「風のいたずら」だった。

「個人的に和風とたらこのパスタは好きだ」
◯◯風とすれば、食い物と相性が良い。
物書きはひらめいて、スマホで検索を始める。
和風、中華風、イタリア風とジャンク風。
ところで最近、体重計の数字が……

――――――

前々回投稿分から続くおはなし。
最近最近の都内某所で、異なる思想を持ち別々の世界に本拠地を置くふたつの異世界組織が、
ひとつは淡々と職務をこなし、
もうひとつは一方的に、もう片方を敵視して、
事実として、対立構造をとっておりました。

前者は「世界線管理局」。
その世界が「その世界」で在り続けられるように、
その世界が他の世界から侵略されないように、
それぞれの世界が独自性・独立性を、ずっと、ずっと保っていられるように。尊重されるように。
保全活動と、運行管理と、調停と取り締まりと収容行為等々をしていました。

後者は「世界多様性機構」。
すべての世界が最先端技術を享受できるように、
すべての世界の知的生命を取りこぼさないように、
滅びそうな世界があれば、その世界に生きる人々が別の新しい世界で新しい生活を送れるように。
滅亡世界を看取る管理局の目をくぐり、滅亡世界の生存者を、他の世界へ密航させたり、
生存者を密航させた発展途上世界に先進世界の技術を持ち込んだりしていました。

で、そんな勝手に敵視されたり、危険視して監視したりし合っている両組織が、日本の東京で何をしておるかといいますと、
多様性機構は東京を、滅亡世界の難民の、密航を起点とした避難シェルターにしたいらしくて、
管理局はそんな機構を、東京から難民もろとも追い出したいらしくて。

そして、なぜかこのふたつの組織の、いざこざに巻き込まれかけておる東京都民(雪国出身)の、
名前を、藤森というのでした。

日本の花が好きな藤森は、技術提供を積極的にしてくれる機構に、絶滅に向かい続けている日本の花々を救ってほしいと思っており、
機構も藤森の要望に結構乗り気。

だけど一応、管理局のハナシも聞きましょう。
機構が隠しているであろう、「機構を盲信するリスク」を、管理局から聞こうとしたのです……

――「という経緯で、藤森、あなたのアパートに私が管理局から派遣されてきたワケだ」
「はぁ。それは、どうも」

藤森がその日、仕事から自分の部屋に戻ってくると、ちゃんとロックもセキュリティーも万全であるハズの部屋は鍵が開いていて、
そして、管理局の局員が、藤森のために温かい飲み物を淹れておりました。

「この世界のロックやセキュリティーなど、私達にはほぼ無いも同然だ」
しれっと藤森の電気ケトルを勝手に使っておる局員が、しれっと藤森のカップを持って言いました。
「私の故郷じゃ量子暗号も多重認証も、ひと昔前、いや、ふた昔さん昔前だ。
まだ異世界渡航技術も確立していないこの世界を、機構は、発展途上世界として開発したいのさ」

はい、どうぞ。
管理局から来た局員は、藤森に1杯、2杯。
小さなカップを差し出します。
中身はエスプレッソとカフェラテと?
「いいや、いいや。エスプレッソではない」
局員は穏やかに、しかし確実に、否定しました。
「エスプレッソ風と、カフェラテ風だ。あくまで『それっぽいもの』でしかない」

さぁ。どうぞ。
改めてカップを差し出された藤森は、
「エスプレッソ『風』とカフェラテ『風』」ってなんだと頭にはてなマークを浮かべながら、
まずカフェラテ風と、それからエスプレッソ風の、
香りを順番にかいで、それから口に少し含んで、

そしてカフェラテで気付きました。
牛乳で作ったカフェラテじゃない。
そもそもエスプレッソがエスプレッソじゃない。

「カフェラテは、生クリームと練乳だ」
ここで局員が種明かし。
「私がこの世界に来て、最初に飲んだのがカフェラテだった。それがとてもとても、美味くて」
作り方を知らない私がそれでもカフェラテを飲みたくて、見た目の似た材料を買って作った最初の「失敗作」が、それだ。
局員はそう言って、笑いました。

「つまり、あなたの故郷は私の世界より進んでいるのに、カフェラテとエスプレッソが無かった?」
「そう。そもそも動物の乳を飲む文化が無かった。
コーヒーはハーブの酒に溶かして飲む薬だったし、常飲嗜好品ですらなかった。
コーヒーはこの世界の『独自性』であり、『独立性』だ。守るべきだし、誇って良いと思う」
「はぁ。なるほど」

コーヒーが薬酒ねぇ。
藤森は再度、カフェラテ風とエスプレッソ風の飲み物の香りをかいで、ひとくちずつ飲みました。
カフェラテにしてはコーヒーが薄く、生クリームの風味が強く、練乳で妙な舌触りがありました。
エスプレッソは、ただの濃すぎるコーヒーでした。
それでもそれが「異世界人がカフェラテとエスプレッソを一生懸命再現しようとした結果」なので、
藤森は、カフェラテ風とエスプレッソ風を、大事に大事に、よく味わって飲みました。

「機構がしようとしているのは、カフェラテとエスプレッソの、いわば根絶だ」
管理局員が言いました。
「彼等は一律に、発展途上の世界を先進世界で塗り潰したがる。途上世界の独自性の芽を摘みたがる。
カフェラテとエスプレッソを、全部私の世界の薬酒に置き換える。それが、世界多様性機構だ」

「先進世界の技術を提供するだけなんだろう?」
「君たちはスマホやタブレットを与えられても、黒電話や電報を使い続けるのか?」

5/2/2025, 5:38:05 AM