"何気ないふり"
非番、俺は午後休みで、この日は久しぶりに映画を観ようと計画を立てており、駅近くの映画館に来ている。
ちなみにハナは術前検査で動物病院に数時間預ける事になっていた為、検査が終わるまでの時間潰しも兼ねている。
観る映画は計画を立てている時に映画館のホームページの上映作品を見ながら、チャットで二人で決めて──飛彩はネットに疎い為──俺がネット予約した。
「開場時間まであと二十分か」
発券機から予約した二人分のチケットを発券して、チケットに記されている開場時間と、腕時計が示している時間を見比べて呟く。
「サンキュ」
差し出された一枚を受け取り、念の為自分のスマホの時計を見る。やはり二十分後に開場となっている。
「飲み物は?」
「なんでもいい」
分かった、と言ってカウンターへと向かって行った。近くの椅子に腰を下ろすと、俺の座った椅子の目の前に大きなモニターがあり、そのモニターから今後上映する作品の予告映像が流れている。
──丁度いい、これを見ながら戻ってくるのを待とう。
今はサスペンス系の作品の予告映像が流れている。ベタなストーリーだな、と見るのを止めて視線を逸らす。数秒後、音がピタリと止んだ。
──予告映像が終わったのか。次はどんなやつだ?
再びモニターに目をやると、暗闇の画面から不穏な音楽が流れてきた。
どんな作品かすぐに分かった。
それと同時に後悔した。
視線を逸らしてすぐに席を立って飛彩の元に行けば良かった。
とりあえず視覚からの情報を遮断する為に、目を固く瞑る。
恐怖を焚き付ける台詞、そこに畳み掛けるようなBGMと効果音。
聴覚からのあまりの恐怖に耳を塞いだ。
「大我?」
降ってきた俺の名を呼ぶ声に目を開いて顔を上げ、耳を塞いでいた手を離す。両手に飲み物を持った飛彩が立っていた。横目でモニターを見ると、いつの間にかあの予告映像は終わっていて、別の予告映像が流れていた。
「大丈夫か?」
「あ?何が」
「顔色が悪い」
「別に?映像の光のせいだろ」
別に、の所で声が裏返ったが気にせず言葉を続けた。
「なら良いが、無理するな」
飲み物を差し出す。飲み物を受け取ると立ち上がって「いくらだった?」と聞く。
「いや、いい。チケットを買ってくれた礼だ」
まだ時間があるから座ってろ、と俺が座ってた椅子の隣に腰を下ろした。それに倣って、先程まで座っていた椅子に再び腰を下ろす。
すると飛彩の手が伸びて、俺の背をさすってきた。
「やめろ、人見てんだろ」
「どうって事ない。他人が何か言ってきたら、俺が何とかする」
そう言って手を止めずに優しく背を撫で続ける。
その手の暖かさと優しさに、先程まで強ばっていた心が解れていく。
「……ありがと」
小さく呟くように言うと、何も言わずに頷いた。
「ポップコーンも買ってきた」
「……後で食う」
落ち着いてきたのでストローに口をつけて、貰った飲み物を吸い上げて口に含む。
中身はオレンジジュースだろうか。懐かしさを感じる爽やかな甘さが広がった。小さく喉を鳴らして飲み込む。
するとチケットに記されている作品の上映スクリーンが開場したと知らせる場内アナウンスが流れた。
「立てるか?」
「平気だっつってんだろ」
ゆっくり立ち上がり、チケットとオレンジジュースを手に、お互いの隣を歩きながら上映スクリーンへと向かった。
3/30/2024, 1:44:06 PM