※BL要素が少しだけありますので、苦手な方はご注意ください。
じゃあまた、と背中を向けた彼に、とっさに手を伸ばしてしまった。
「どうした?」
「あ、ご、ごめん。なんでもないんだ」
掴んだ腕を離すも、彼の視線は元に戻らない。余計な気を回させないために笑いながら手をひらひらする。
「えっと、なにか言いそびれたことあったっけな、って思って。勘違いだったわ」
なんという下手な言い訳だろう。なんというザマだろう。
友達だとずっと言い聞かせてきた。だから、なにがあっても大きく動揺はしないだろう、と思っていた。
実際はひどく動揺して、かたちだけの祝辞を言うだけで口の中がからからに乾いて声がかすれた。いの一番に結婚の報告をしてくれた彼の気持ちを無下にする感情で、埋め尽くされた。うっかり吐き出しそうで苦しかった。
「お前ってほんと嘘下手だよな。俺に気遣ってくれてるんだろ? 気にすんな、愚痴でもなんでも聞くから」
微妙にずれた理由を話しながら肩をぽんぽんと叩いてくれる。その気持ちはありがたいけれど、苦い。喉の奥から込み上がる何かを必死に押さえつける。
「そういうんじゃないって。えっと、オレの中でもうまくまとまってなくてちゃんと言えそうにないからさ。また改めて言うよ」
必死に視線を合わせて、ぎりぎり嘘じゃない理由を告げる。これで納得してくれるだろうか、でも友達想いな彼はきっと引き下がってくれない。
誰よりも、オレに寄り添って、正面から向き合ってくれる男だから。
——オレが一番彼に惹かれた部分が、今は、こんなにこわいなんて。
「そんなの今さら気にしてどうすんだよ。そんなに辛い顔してるのにほっとけるわけない!」
反射的に、彼を抱きしめていた。
荒々しい動作が、「友達」にするような仕草を演出してくれたはず。
「今は素直に、大事なお前の結婚を祝福させてほしい。改めて、本当におめでとう」
背中を強めに何度か叩いて、湧き上がる邪な喜びを散らそうとする。
——ごめん。結婚をとても喜んでいる友達を演じてしまって、素直に祝福できなくて、本当にごめん。でも、これで少しは気持ちが落ち着くはずだから。次会ったときは、笑顔をうまく作れているはずだから。
「……お前は、それでいいんだな?」
短いため息の後、背中を労るように撫でてくる。
そのぬくもりに、縋りたくなってしまう。みっともなく感情を全部吐き出したら望む未来をもしかしたら歩めるんじゃないかと、わずかな奇跡を信じたくなってしまう。
……だめだ。そんな勇気、出せるならとっくに出している。不安定な精神に寄りかかるのはだめだ。
「ありがとう」
「今度、絶対ちゃんと話せよ」
答えは、返さなかった。
お題:別れ際に
9/29/2023, 6:30:08 AM