おばあちゃんが3回目のくも膜下出血で植物人間になったのはもう3年も前。
おじいちゃんとやってたお店を閉めて二カ月程たった頃だった。
お店を閉めると決まった頃おばあちゃんがこっそり私に電話してきて
「おじいちゃんと離婚しようと思うのよ。」
って連絡が来た時はひっくり返る程びっくりした。
長年、仲良し夫婦だと思ってた。
おじいちゃんは、愛妻家でおばあちゃんのワガママを可愛いもんだっていつも言ってて、おばあちゃんは何が不満なんだろ?って不思議だった。
でも、長く連れ添って、一緒に商売してりゃ色々あるんだろうと、賛成も反対もしなかった。
そんな話をしてすぐ、おばあちゃんの3度目のくも膜下出血で、おじいちゃんから連絡もらってすっとんで病院に行ったらおじいちゃんはシワシワの手でポロポロ落ちる自分の涙を拭ってた。
それからは仕事しかしていなかったおじいちゃんは驚くべき家事能力を発揮し、家はピカピカだしご飯も自炊。毎日の日課はおばあちゃんのお見舞いと言う逢瀬。
去年から、植物人間と呼ばれるおばあちゃんは自宅介護になった。
今日はおばあちゃんの口紅というべき色付きリップをお土産におじいちゃんに会いに来た。
それを「ありがとう。すまんなぁ。やっぱりこういったもん買うのは恥ずかしくて」と嬉しそうにガサガサと包みからリップをだしておばあちゃんに塗ってあげるおじいちゃん。
「おーおー、やっぱりママは可愛いなぁ」と私なんか居ないって感じでおばあちゃんの手を握るおじいちゃん。
でも知ってる。私が居ない時はおばあちゃんの事、
“みっちゃん”って呼んでる。
私は、ピカピカのこの家でやる事はないけど、トイレ掃除とご飯を作ってから帰る。
トイレ掃除はどうかおじいちゃんが元気でいられますようにって。あとは料理が苦手だったけどそれなりにやってたおばあちゃんの代わり。
窓から西陽が入る時間になったら、おじいちゃんは「みっちゃん、ひどるくなったなぁ。夏がくるなぁ。」ってそっとおばあちゃんにあたる日差しを遮るように椅子を移動させた。
しばらく2人の時間を邪魔しないようにして、おじいちゃんにご飯できたよーって呼びに行く。おじいちゃんの着てるシャツに西陽が当たっておばあちゃんを守ってるみたい。おじいちゃんは、日除けの役割をカーテンに任せてから、
「ありがとう」って食卓につく。
「今度来る時は日焼けどめをお願いできんか?」と。
「いいよー夏がくるもんね。」
「ママは色が白いから心配だ。」
「おじいちゃんも体に気をつけてよ」
「あぁ、わかっとる。ママが死ぬまで死ねんからな」
って。
何も言わないおばあちゃんだけど、本当に離婚したかったなら、とっとこあの世に行っちゃってるだろう。
おじいちゃんに世話させて、ニヒルな笑い顔してるかな。
夫婦の事は夫婦にしかわかんないんだろうけれど、おじいちゃんみたいな人と結婚したいなぁっておばあちゃんに言ったらなんて返事が返ってくるのかな。
7/2/2023, 11:11:27 AM