「この時間だと世界に私たちしかいないみたいだね。」
真夜中の路上。ロマンス溢れる瞳でこちらを見つめながら彼女が言ったその"私たち"の中に側にある公園で泥酔し倒れている若いサラリーマンが含まれているのか考えていた。
付き合い初めて2ヶ月。普段大人しい彼女は二人きりになると大胆になることを僕は知っている。そして一度そのモードになると手がつけられなくなることも知っている。
恐らくではなく確実に彼女は今僕以外の他人の存在を認識していない。身体の距離が近くなっていっていることがその証拠だ。ときめきがサラリーマンを抹消している。
彼女に恥をかかせないためにサラリーマンのことを伏せてそれとなく場所を移動したいがモードに入っている彼女の雰囲気がそうはさせてくれない。
いっそ人がいることを直接伝えるべきか。しかしそれも結局彼女に恥をかかせてしまうには変わりないだろう。何より彼女の作るロマンスがその選択肢も遠ざけていく。
あれこれ思考を巡らせていく内に顔と顔が近くなり次第に何も考えられなくなっていた。そうだもう他のことはどうでもいい。このまま彼女を受けいればいい。それだけだ。
意識の焦点が目の前のことに極限まで合わさったとき。
近くでコール音がほんの数秒間だけ鳴った。
「もしもし。はい、はい。本日はご迷惑おかけしてすみません。はい、あの後無事に乗り継ぎしまして今は自宅にいます。すみません、ご心配ありがとうございます。はい明日の出勤はもちろん問題ありません。はい、今後お酒は控えます。社会人としての自覚が…」
サラリーマンが突然蘇生し嘘をついている。そしてその通話が終わった直後におそらくスマホで現在の時間を確認したのだろう。何かを悟ったような表情しその場にまた寝倒れた。
ほんの一瞬の出来事にロマンスも息の根を引き取り僕も彼女も普段以上に冷静になった。
「やっぱりもう時間遅いし急いで帰ろうか。」
彼女はこくりと小さく首を縦に振りお互いそれ以上は何も言わず真っ直ぐ帰路についていった。
世界に誰もいないかのように虫の音だけが聴こえる。
5/18/2024, 7:52:13 AM