『バレンタイン』
全くもって愚かしい。世の人々は企業の戦略にまんまと踊らされ、チョコを渡すだの、貰えるだのと大騒ぎ。その日をそわそわして過ごす。
それだけでも憐れだと言うのに、チョコに意味さえ込め始めた。なんでも愛を伝えるらしい。
嘆かわしい限りだよ。愛を伝えることに慣れていないから、きっかけが必要らしい。イベントに乗っかって、ものに乗っけて、ようやく、伝えられる。
──あんまりにも愚かだと思わないかい?」
彼女はいつものように薄い笑みを浮かべる。端正な顔立ちで、様にはなっているが愛嬌がない。
「……なんだよ。バレンタインでチョコが貰えなくて落ち込んでる男を嘲りに来たのか?」
しゃがみ込んだまま、俺は顔を上げて不満を表す。
「いや、なに。そんなつもりは無いさ。ただ──」
彼女は俺の方に歩み寄ってくる。ヒールの高い音が響き渡る。彼女の影が俺に落ちると、足を止めた。
「──私も、愚かな女の一人だということさ」
目の前に四角い箱が突き出される。彼女の顔は、その箱で隠れてよく見えない。ただ、僅かに見える彼女の耳は、いつもより赤い気がした。
2/15/2023, 2:49:02 AM