なのか

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いつも浴びているシャワーの温度が少し温いなと感じた時、微熱があることを悟った。測ってみれば案の定、三十七.一度というなんとも言えない数字が出てきた。トーストも緑茶も問題なく喉を通ったけれど、親と相談した結果、大事を取って高校は欠席することになった。
制服からスウェットに着替え、共働きの親をそれぞれ見送る。平日の家に一人でいる違和感が、足元を少し揺らした。
せっかくの機会だと思いテレビを点けてみたけれど、朝の情報番組ばかりが流れていて男子高校生には退屈な内容だった。学校を休んで観るテレビは面白いと聞いていたのに、全くもって期待外れだ。テレビは音量を絞って流しっぱなしにしたまま、結局スマホを起動させる。
動画投稿アプリを惰性で流し見ていたけれど、面白かったのは一時間ほどだった。次第に時計が気になり始め、学校に行ってれば今はこれこれの授業を受けているとか、そういうことばかりが頭をよぎる。
これではいけないと思い、昼飯を作ることにした。どうせなら手間のかかるものをと考え、メニューは餃子に決まった。
足りない具材は近くのスーパーで買い足した。いつもみている街並みが心臓に牙を立てた感覚がした。
家に戻り、手洗いうがいを済ませてキッチンに立つ。スマホで調べた手順を拙く真似しながら餃子を作っていく。分量を間違い四十個を焼き終えたところで、時刻は十三時に迫っていた。
食べる前に片してしまおうとフライパンやらを洗っていると、食卓に置いていたスマホに着信があった。
『もしもーし。生きてる?』
着信は級友の一人からだった。ビデオ通話になっていて、そいつだけではなく何人かが思い思いの面白いポーズを取っている。向こうも丁度、昼休憩に入ったようだ。
「スマホ取られるぞ」
『大丈夫、弁当箱で隠してっから』
大丈夫というなら止めはしない。サプライズ的な嬉しさを感じたのも確かだった。
食卓に餃子と白飯を、奴らは机に弁当を並べ、いただきますを合唱する。通話によるズレはご愛嬌といったところだ。あとは各々の昼ご飯を食べながら、ズル休みに違いないとか暇すぎて餃子を作り始めたとか、とてもくだらない話をした。
昼休みも終盤に差し掛かった頃、運悪く担任が教室を訪ねてきた。いかに隠しているとはいえ違和感は残る。スマホを使っているのがバレてしまった。
何事かが遠く知らないところで言い争われ、先生が『ここに俺も映ってるのか?』と画面を指さした。
「見えてますよー」
声をかけると、先生は嬉しそうに手を振った。
『ちゃんと水分取ってるかー?』
教室中に響き渡る大きな声で訊かれる。
「取ってますよ。身体は全然平気です」
先生は『そうかそうか』と鷹揚に頷いた。
『早く治して学校ちゃんと来いよ』
「明日はちゃんと行きます」
嵐のように訪れ、嵐のように先生は去っていった。去り際に『次は普通に没収するから、これが普通だと思うなよ?』と釘を刺すのも忘れなかった。
『じゃ、そろそろ昼休み終わるから切るな』
「おう、ありがと」
通話が終わってからは、時間割に合わせてその教科の勉強をした。いつもは退屈なテキストが案外面白く、スマホを触っているより胸が踊った。
翌日の朝、浴びたシャワーは肌に温かく刺さり、制服の袖に勢いよく腕を通した。心なしか、昨日着たそれよりも軽くなっていた気がした。

11/26/2023, 3:53:57 PM