三行

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「ねえねえ、今日もおはなしきかせてくれる?」
ぼくは、このお姉さんのお話が大好きだ。
知らないことを、たくさん知っている、すごい人。
「わたしも!わたしもききたい!」
「……」
この子達はお隣に住んでいる姉弟だ。元気な姉と内気な弟。姉の方はぼくより少し背が低く、小さい。まだ6つくらいだと思う。そしてぼくは7つ。弟の方は…知らない。
今日もお姉さんのお話を聞きに来たようだ。

「ええ、構いませんよ。ただその前にひとつ。
……皆さん、もう今日のやるべき事は、終えられましたか?」
「うっ、えっとね、お夕飯食べたでしょ、はみがきもしたし、お洋服もきがえた!」
指折り数えつつ、やるべき事、にあてはまりそうなものを考える。たぶん、大丈夫。
もしも忘れちゃっていたら、お母さんとかがお話の途中でもしなさいって言って、怒られるから。
……それで聴き逃した事があって、それからは気をつけている。

「わ、わたしね!弟のお手伝いもした!」
「……お姉ちゃん、またきくの?」
「何回でも聞きたいの!」「ふぅん……」
「ふふっ、ありがとう。……なら貴方たちは大丈夫ですね?」
「うん!」「もちろん!!」「…うん」
「じゃあ、もう少し待って、他の子も揃ったら始めましょうか」




「この世界では、この星はたくさんのお水があるの。
それこそ、何回すくってもどれだけ沢山飲んでも、無くならないくらいよ」
そうなんだ、と思いつつ静かに聞く。
お話を聞く時は、決まってぼくたち皆は床に座っていて、お姉さんはボードに絵で描いたりしながらお話をしてくれる。

「これはガスで出来た星。他にもあるんだけれど、この星は特徴的な形で……」

今日の集まった人は少ないかも。きっともうすぐ、祭りの日だからだろう。手伝わされている子もいるだろうし、普段は大人だって何人かは聞きに来るのに、今日は誰もいない。

本当に、知らない世界のお話は何回聞いたって面白い。
お姉さんのお話がうまいから、毎回想像してしまうんだ。

そうして皆が静かにお姉さんのお話を聞いている時に、突然それはやってきた。


「あなた。またこんな所で変なこと話してたのね?
また変なこと言っているんでしょう!
子供たちによくもわからない空想話なんて教えてないでちょうだい!」
この人はお姉さんのお母さん。
こうして時々、ぼくらのお話会に邪魔してくるんだ。
だから定期的に場所を変えているんだけれど、やっぱり子供のぼくたちに遠慮して、お姉さんはあまり遠くに動こうとしない。
だから見つかってしまったんだろう。
いつもなら、お説教の嵐を巻き起こして、去っていくんだけれど。その日は違った。

「はぁ…もういい加減にしてよ!私が厄介者のように扱われるのは貴方のせい!!もうこんな事させないから!
ほらこっち来なさい!」

お姉さんを、連れていこうとしたんだ。
みんなびっくりしていたけれど、果敢に引き止めた。
でも、所詮は子供の力。十数人集まったところで、敵わない。
当たり前だが、お姉さんは連れていかれてしまった。
果たしてどんな折檻を受けたのか、想像もつかない。

お姉さんは終始、静かだった。何を考えているのか分からない顔をしていた。いや、何も考えてなんていなかったのかもしれない。

それ以降、お姉さんもそのお母さんも、もう町で見ることは無かった。



だから僕は、学者になった。
なるために、あの田舎の町を出た。
大きくなってからあの町の異様さを理解した気がする。
生まれたのは都会の方だったし、しばらくそっちで暮らしていたから町全体に対する違和感はあったけれど、子供のぼくには上手く言語化することも出来なかった。

今なら、お姉さんの夢みたいな話も、証明していける。
その力が今の僕にはある。
お姉さんの話を空想だ、夢だと信じない人たちに、伝えられる。
今日は公の発表の場だ。テレビも居るし記者もいる。
緊張はするけれど、大丈夫。
話す内容なんてほとんどあの頃に何十回と聞いたものがベースなんだから。



「最近のロケット発射により回収された物質を研究した結果、この星は全体がガスで出来ており__」

ねえお姉さん。何処にいるのか、生きているのかも分からないけれど見ているかな。
現実に、証拠を持って説明ができたよ。

あの頃、一緒に聞いていた姉弟はどうしているかな。
これを見たらお姉さんを、また思い出すかな。
夢でもいいから、また会えないかな。
知識のある今の僕と、またお話をして欲しい。

他にもたくさんのお話を聞いた。まだ1つ目。
これからもやることは沢山ある。頑張っていかなければ。

「夢と現実」2023/12/05

12/4/2023, 3:34:25 PM